野生動物は愛玩動物と同じではない。

<16日午前4時10分ごろ、福井県美浜町竹波の水晶浜海水浴場のスタッフから「男性がイルカに衝突され、けがをしている」と119番通報があった。

 県警敦賀署によると、岐阜県可児市の60代男性が知人らと3人で沖合5メートル付近を泳いでいたところ、イルカ1頭が突進してきて衝突。肋骨(ろっこつ)が3、4本折れる重傷で、両手もかまれるなどしたという。他の2人にけがはなかった。
  同日、同海水浴場では他にも男性3人が腕などをかまれ、軽傷を負った。
  同海水浴場は毎夏、県内外から多くの客が訪れる。同署には今シーズンだけでイルカによる被害報告が6件あるといい、「イルカに近づかず、姿を見たら海に入らないよう身の安全を守って」と注意を呼びかけている。
  福井県内では昨年も海水浴客がイルカにかまれる被害が相次いでいた。(朝倉義統)>(以上「朝日新聞」より引用)




 野生のイルカが人を噛んだ、というニュースは全く珍しくない。イルカは知能が高く「遊び」をする動物だというが、基本的には魚類などを捕食して生きている。海水浴している人も彼らにとっては捕食対象かも知れない。
 ホエールウォッチとして有名な海域で、小型ボートがクジラに襲われる、という「事件」も起きている。小さな手漕ぎボートほどなら、クジラの尾で叩かれれば全壊して跡形もなくなる。野生のシャチは人を襲わない、といわれているが、それも「常態では」という条件付きだということを忘れてはならない。

 動物をすべて「かわいい」で一括りして触れ合うのが流行りのようだが、野生動物との接触は常に危険が付きまとう。それは動物そのものの危険性もあるが、動物に寄生している寄生虫やウィルスなどが接触により人体に侵入したり感染することもあり得る。北海道のキタキツネのエキノコックスは有名だ。
 水族館のイルカショーで見るイルカが「普通のイルカ」だと思ったら大間違いだ。彼らは飼育員による愛情に満ちた訓練によって「芸」をするようになった特別なイルカたちだ。水族館のイルカと野生のイルカとを混同してはならない。

 自然保護といいながら動物園や水族館で動物に「芸」をさせるのはいかがなものだろうか。野生動物は自然の中に暮らしてこそ保護ではないのか。野生の動物に人が接するのも、タブーではないか。たとえば人が「餌付け」するのも野生動物の世界に人が大きく踏み込んで自然界の秩序を乱しているのではないか。
 瀬戸内海の水質が格段に良くなったため、魚影が薄くなり貝類が痩せたという。自然界のままなら山から流れる川は落ち葉や腐葉土を流域に運び、やがて栄養に満ちた川の水が海に注ぎ込んで植物プランクトンや動物プランクトンを育む。それらを餌とする小型魚が増殖して大型魚が増える、という食物連鎖が形成される。しかし山に多くの砂防堰堤が築かれ、川にダムが建設されて流れが堰き止められ、上澄みの水だけが海に流れ込めば、海の栄養価が落ちるのは当然の成り行きだ。自然と共生するのは、このような困難を伴う。自然界では川は氾濫するものだし、川の流れは絶えず変化して流域広く「扇状地」を形成するものだから、それを抑制する築堤や土石流防止の砂防堰堤の建設は自然に対する挑戦でもある。しかし、そうしたことによって人は安全な暮らしを手に入れている。

 せめて野生動物とは距離を置くように心がけるべきだ。海でイルカが近づいてきたら、人はイルカを避けて陸に上がろう。山でも野生動物に決して近づかない、という教育を徹底すべきだろう。そして人里に近づく野生動物は、残酷だが、駆除すべきだろう。人里に現れた熊を駆除するのは残酷だ、と主張する者は「あなたの幼い子や孫がクマに捕食されても同じことが云えるのか」と問いたい。野生動物に人は怖いと認識させなければならないのだ。
 動物は仲間だ、というのは人が抱く妄想でしかない。野生動物には野生動物の世界があって、そこに人が介入することは許されない。

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