経済崩壊し、漂流する中国。

「清退令」規定年齢超えで失業した中国出稼ぎ労働者4000万人の悲しい現実
~年金は雀の涙、急速に社会問題化~


2019年の建設業界の「定年制」
 中国で「中央1号文件(文書)」とは、中国共産党と中央政府が毎年年初に発表する最初(第1号)の重要指針を意味する。中央1号文件は2004年から2022年まで19年間連続で農業、農村、農民を包含する「三農問題」をテーマにしてきた。2月13日に発表された2023年1月2日付の『2023年中央1号文件』も従来通り三農問題に重点を置いた内容で、表題は「農村振興を全面的に推進するための重点作業に関する中国共産党と中央政府の意見」であった。
 2023年中央1号文件は6条33項で構成された長文であったが、その第6条「農民が収入を増やして金持ちになるチャンネルを広げる」の第21項「農民の就業・増収を促進する」には『農民工』に言及した箇所があり、そこには「農民工の就業を安定させると同時に、『超齢農民工』の就業権益をしっかり擁護する」と明記されていた。
 「農民工」とは農民出身で居住する農村から都市部へ出て就労する出稼ぎ労働者を意味し、「超齢農民工」とはオーバーエイジ(規定年齢を超えた)の農民工を指す。現行の中国における定年規定は、男性:60歳、女性:50歳(ただし、女性管理職は55歳)なので、ここで言うオーバーエイジとは男60歳、女50歳の定年年齢を超えた農民工を意味する。
 2023年中央1号文件が特に「超齢農民工」に言及して、その就業する権利とそれに伴う利益を擁護すると述べたのには理由があった。それは2019年から中国各地の建築業界で「清退令」が公布されたことによるのだが、建築業界の清退令とは一体何だったのか。

狙いは高齢労働者の災害回避だったが

 清退令の起源は2019年に上海市の「住宅・都市建設委員会(略称:住建委)」、「人力資源・社会保障局(略称:人社局)」、「総工会(労働組合)」の3者が共同で制定した次のような規定を含む条例であった。
(1) 60歳以上の男性、50歳以上の女性および18歳以下の労働者は施工現場に入って建築作業に従事することを禁じる。
(2) 55歳以上の男性、45歳以上の女性は施工現場に入り地下、高所、高温、特に重労働あるいは体の健康への影響や危険性が高い特殊作業に従事することを禁じる。
 上記の(1)は当然ながら定年年齢に到達した男女や18歳以下の労働者を危険な職場から遠ざけることを目的としたものであり、(2)は55歳以上の男と45歳以上の女の労働者を危険な職種から遠ざけることを目的としたものであるが、こうした清退令を制定せざるを得ない程に当該労働者の事故が多発したのであったろう。
 2019年に上海で制定された清退令は、天津市、広東省深圳市、江蘇省泰州市、江西省南昌市、湖北省荊州市等で順次制定が進み、遂には全国各地で地域の特殊性を加味する形で制定されたのだった。
 上海市の建設業界では2018年に比較的大きな事故が2件発生し、それぞれ6人が死亡したが、その6人中の3人は60歳を上回っていた。上海市の建設当局によれば、2018年通年の上海市建設業界で発生した事故による死亡者に占める60歳以上の比率は15パーセントに達していたが、当時上海市の建築従業者中に占める60歳以上の比率はわずか1パーセントであったから、60歳以上の死亡者比率は異常に高いものであった。
 こうした背景の下で、高所作業、野外作業、手作業、重労働などの高リスクの特性を考慮し、「超齢(定年年齢超過)」がもたらす体力不足の問題は建設現場の生活条件の劣悪さに加えて、重労働が必要とする高塩分・高油分な食事は彼らの健康に不利な影響を与えることも加味して、上海市の住建局、人社局、労働組合の三者は共同で清退令を制定したのだった。

50歳以上の農民工、約8000万人

 2022年5月に中国政府「国家統計局」が発表した『2021年農民工観測調査報告』には以下の記述があった。
(1) 2021年における全国の農民工は2億9251万人で、前年比691万人の増加(増加率:2.4パーセント)であった。このうち、「外出農民工(外地で就労する出稼ぎ労働者)」は1億7172万人で、前年比213万人の増加(増加率:1.3パーセント)であった。また、「本地農民工(地元で就労する出稼ぎ労働者)」は1億2079万人で、前年比478万人の増加(増加率:4.1パーセント)であった。2021年末の時点で都市部に居住する農民工は1億3309万人で、前年に比べ208万人増え、その増加率は1.6パーセントであった。
(2) 農民工の性別は男性:64.1パーセントに対して女性:35.9パーセントであったが、女性が占める割合は、外出農民工:30.2パーセント対して本地農民工:41.0パーセントであった。農民工全体に占める婚姻関係の割合は未婚:16.8パーセント、既婚:80.2パーセント、離婚・死別:3.0パーセントであった。
(3) 農民工の平均年齢は41.7歳であり、外出農民工は36.8歳、本地農民工は46.0歳であった。農民工の年齢構成を見ると、50歳以上の割合は、2017年:21.3パーセント、2018年:22.4パーセント、2019年:24.6パーセント、2020年:26.4パーセントと年々増加し、2021年には27.3パーセントまで上昇した。
 要するに、農民工2億9251万人に占める50歳以上(27.3パーセント)の総数は約8000万人となるが、その8000万人もの人々が2019年に上海市で最初に制定され、その後,
全国各地へ波及して次々と制定された清退令の影響を受けているということなのである。
 ニュースサイト「騰訊新聞」は3月28日付で「清退令の背後に8000万人の超齢農民。彼らは働きたくとも職がなく、寄る辺となるべき人もなく、引退したくとも休めない」と題する記事を掲載し、超齢農民工の困難な現実を報じた。
 ただし、この8000万人という数字には疑義がある。清退令は建設業界に対する規定であり、全業種に波及する規定ではないのである。8000万人いる超齢農民工の全員が建設業界で就労している訳ではなく、彼らは工場や商店、運送業、フードデリバリー、家政婦などの各種業界で職を得ている人も多数いるので、純粋に建設業界で働いていた人は恐らく全体の半数あるいは60パーセント程度かと思われる。たとえ半数の4000万人だとしても、14億人の総人口に対する割合は約3パーセントになるし、日本の人口の3分の1に相当する数字なのである。

行き場を失った超齢農民工

 2月13日に発表された「2023年中央第一号文件」が超齢農民工に言及したのを受けて、今年最初に清退令と超齢農民工の問題を取り上げて報じたのは浙江省のニュースサイト「潮新聞」であった。潮新聞の記事に触発された他のメディアもその後次々と超齢農民工関連の記事を報じたのだが、それはさておき、潮新聞が3月25日付で掲載したのは「清退令下の超齢農民工 彼らに活路を与えよ」と題する記事であった。その要点は以下の通り。
 3月17日、浙江省杭州市は小雨が降り、気温は急降下した。その中で傅(ふ)さんは自分の電動バイクに座って暇そうにスマホを操作していた。その電動バイクには電気ドリルや各種工具、電線、ヘルメットなどが積まれていたが、それらは全て彼の商売道具だった。
 今年64歳の彼は江西省の東北部に位置する鷹潭市(ようたんし)の出身である。彼の外見は清潔で上品な感じで、スマホを操作する時にだけ老眼鏡を取り出すが、そうした様子からは実際の年齢は見て取れない。実家の子供はすでに家庭を持って独立しているが、彼は少しでもカネを稼いで、子供の世話にならないようにしたいと考えているのだと言う。
 「1978年に兵隊に行き、除隊後の大部分は実家で農業に従事して暮らしていたが、子供の結婚や住宅購入などでカネを必要とすることが多くなり、故郷を離れて出稼ぎに出て、全国各地の工事現場で長年働いた。しかし、60歳になった時に、清退令により工事現場から追い出されてしまい、今では臨時の仕事で稼ぐしかないのだ」と傅さんはスマホを操作しながら自分の経歴を記者に語った。
 工事現場の雇用主が傅さんの身分証を調べたならば、すぐさま「超齢」を理由に仕事場からの退去を命じられるので、傅さんは基本的に仕事がない日が続いているのだという。
 傅さんのような年齢で依然として臨時工として働いている人は少なくなく、記者は杭州市内の交差点付近で臨時の仕事を待つ人達をたびたび見かけたが、彼らの多くは住宅の改修や水・電気の修理を生業(なりわい)としていた。
 安徽省出身の陳さんは上海市の工事現場で長年にわたった外壁塗りに従事し、ゴンドラに乗って上下する日々を送っていたので、高所作業はお手の物だった。しかし、2021年、すでに60歳になっていた陳さんを見つけた施工業者は、彼に現場で働き続けることはできない旨を通告したのだった。働かなければ収入が無くなるので、陳さんは知り合いの親方に労働期間の延長を懇願した結果、最終的に1年間だけ延長が認められた。
 ただし、最近は管理が厳しくなり、現場へ入場するには身分証の検査だけでなく、顔認識システムも導入されているので、彼のような超齢者が現場へ入場することは困難になっているのだという。陳さんは記者に、故郷の実家へ戻る準備を始めているが、故郷へ帰ったら農業をしながら、家の付近で仕事を探すと述べていた。

社会保障などほとんど意味はない

 一部の超齢農民工は「もし自分が実家にいたとすれば収入源は極めて限定される」と記者に語った。上述の傅さんによれば、彼が受け取れる「養老金(年金)」は毎年1000元(約2万円)程度であり、老後の保障には到底足り得ないのだという。
 農村には「新型農村社会養老保険(略称:新農保)」があるが、江西省を例に挙げると、新農保の保険料は年間で最低ランクの300元(約6000円)から最高ランクの6000元(約12万円)まであるが、大多数の人は最低ランクを選ぶ。但し、最低ランクでは60歳以降に受け取れる養老金(年金)は100元(約2000円)に過ぎないのである。
 中国で月額100元の年金では生活できないことは火を見るより明らかであり、超齢農民工は生計を維持するために臨時のアルバイトをしてカネを稼がざるを得ないのが実情である。
 その中でも人生の大部分を建設業界に身を置いていた超齢農民工は、清退令によって職場を失ったのである。建設関連の専門領域しか知らない彼らが生きる術は、年齢を詐称して建設現場で働くか、自己の専門領域に関連する臨時仕事で声がかかるのを待つしかない。前者は収入が多いかもしれないが、実年齢がばれて追い出される可能性は高い。後者は声がかからなければ一銭にもならないが、「待てば海路の日和あり」の言葉通りで運次第と言える。
 中国では昔から各種の「修理屋さん」が自転車に乗って住宅地区を回り、住民からの依頼を受けて様々な物品を修理する伝統がある。超齢農民工の人々も自身の専門分野を活かして収入を得るべく、街中で待機して住民からの声掛けを待っているのであるが、灼熱の夏も極寒の冬もひたすら路傍で客待ちする彼らの生活がいかに過酷なものか。

それでも子供のために働き続けなければならない事情

 中国では推定4000万人もの超齢農民工が、実家に帰っても地獄、都市に残っても地獄という生活を送ること甘受しているのが実態である。超齢農民工の子供は出稼ぎに出ているか学生であり、まだ結婚もしていないから、親に必要なのは働き続けて蓄財することである。
 その目的は子供のための住宅や「彩礼(結納金)」などの支出に備えたものである。中国の農村では若者の男女比率がいびつで、顕著な女ひでりの状況にある。このために男側が納める結納金の金額は年々増大傾向にあり、男側の親には重い負担になっている。そればかりか、家族に病人が出るような事態となれば、その出費がいくらになるかは予想できない。
 文頭に述べたように「2023年中央1号文件」は敢えて「超齢農民工」に言及し、彼らの就業権益をしっかり擁護する旨を言明した。経済の減速に直面している中国が公約通りに超齢農民工の就業権益を擁護し、彼らの生活を改善できるかは分からない。
 2019年に上海市から始まった清退令によって、中国全土で推定4000万人もの超齢農民工が失業して苦しい生活を送っているのである。果たして、彼らは中国共産党と中国政府が策定した指針に生活改善の希望を託して良いのだろうか>(以上「現代ビジネス」より引用)



 衰退する中国経済では様々な矛盾が表面化している。その顕著な例として高齢化した農民工の失業問題だ。北村豊氏(中国評論家)が指摘しているように、高齢化した農民工は行き場をなくして深圳など、かつて経済発展の著して都市として持て囃された地域で「漂流」している。
 昨今は都市部の高齢者に支給されている「医療保険」が引き下げられ、月額約2万5千円ほどあったポイントが約1,200円ほどになった。それに起こった高齢者が地方政府の前で騒ぎ立てる事件が全国各地で起きた。若者たちの「白紙革命」に因んで「白髪革命」と呼ばれているが、怒れる高齢者の抗議活動は当分やみそうにない。

 農民工の定年退職を定めた「清退令」は多分に都市に住まう無職の高齢者を出身地の地方へ戻すのが主眼だろう。中共政府にとって都市に社会不安をもたらす不満な人たちを一人でも少なくしたい。人口が密集した都市部で騒動が起きれば鎮圧するのが大変だが、地方の農村部なら少々の騒動が起きても知れているし、過酷な弾圧を行っても外部に漏れにくい。
 だから大学の新卒を30万人も地方の農村部に「下放」している。それは文化大革命当時の手法そのままだ。昨今では図書館などの蔵書を調べて、少しでも体制に批判的な書物は焚書しているという。まるで始皇帝の「焚書坑儒」を想起させる状態になっている。

 その一方で富裕層は出国して外国へ移住しているという。コロナ禍当時から既に350万人が出国したという。そしてIT技術などを身に着けた若者たちも中国に見切りをつけて外国に職を求めて出国している。
 中共政府は国民からパスポートを取り上げて出国を禁じているが、なんらかの抜け道を見つけて出国しているという。習近平氏はIT2025年を掲げて数兆円もの開発研究費を投じていたが、2025年を待たずしてその構想は瓦解している。

 中国は「世界の工場」だと豪語して「戦狼外交」を展開した結果、先進自由主義諸国が中国の隠された世界制覇の意図に気付いて警戒し始めた。中国から投資を引き上げ、進出した生産工場の撤退を行っている。
 慌てて習近平氏は「微笑外交」に転じたが、先進自由主義諸国は二度と騙されないだろう。そして駐仏中国大使の暴言騒動もあって、欧州諸国の中国離れは決定的になった。マクロン氏が習近平氏と握手しようとも、EU諸国の中国離れは止まらない。

このブログの人気の投稿

それでも「レジ袋追放」は必要か。

麻生財務相のバカさ加減。

無能・無策の安倍氏よ、退陣すべきではないか。

経団連の親中派は日本を滅ぼす売国奴だ。

福一原発をスーツで訪れた安倍氏の非常識。

全国知事会を欠席した知事は

安倍氏は新型コロナウィルスの何を「隠蔽」しているのか。

自殺した担当者の遺言(破棄したはずの改竄前の公文書)が出て来たゾ。

安倍ヨイショの亡国評論家たち。