「デジタルと五輪とコロナ」で総選挙を闘えるとは、国民をバカにしてはいけない。

<緊急事態宣言が解除されたばかりですが、早くも与野党の双方から“早期解散論”が浮上しています。コロナの収束が未だ見通せない中、なぜこのタイミングで解散の話が出てきているのでしょうか。 
 「どんなに遅くとも、秋までには、総選挙があります。この日本を、次の世代に引き継いでいくことができるのは、皆さん、私たち自由民主党じゃないでしょうか。私は、その先頭に立って、戦い抜く決意であります」(菅義偉首相)
  21日に開かれた自民党大会で挨拶にたった菅総理。今年10月に任期満了を迎える衆議院の解散総選挙に関して、意気込みを語りました。
  解散のタイミングについて、これまで沈黙を続けている菅総理ですが、ここにきて与野党双方から“菅総理が来月にも解散に打って出るのでは”との見方が急浮上しているのです。きっかけとなったのは菅総理と近い関係にある、自民党・森山国対委員長のこの発言でした。  「菅総理の性格からして、国民に信を問わなければならないことが起きれば、躊躇なくされるんだと思います。(Q.4月解散、5月投票は可能?)それは全て否定はできないと思います」(自民党 森山裕 国対委員長)  来年度予算案が成立したあと、政府・与党はこの国会の最重要法案と位置づけるデジタル改革関連法案を来月下旬にも成立させたい考えです。
  「解散がすごくにおってくるんだ。カギになるのは、デジタルと五輪と、ワクチンだな」(立憲民主党幹部)  野党幹部はワクチンの供給やオリンピックの開催といった諸課題の見通しが不透明であることから、菅総理は、デジタル改革関連法案が成立次第、解散に打って出るのではないかと警戒感を強めているのです。
  一方、自民党の下村政調会長も“コロナ次第”としながらも、来月のバイデン大統領との日米首脳会談直後の解散の可能性に言及しています。
  「菅総理の、大きな成果になってくると思いますので、その時に、ということは、考えられる可能性としてはありますが」(自民党 下村博文政調会長)  ただ、自民党の二階幹事長は、こうした下村氏の発言に“解散は総理が決めること”と不快感を示しました。
  「自分の選挙は大丈夫なのかということをよく考えて、解散なんて軽々しく言うべきものではないのではないかと私は思っています」(自民党 二階俊博幹事長)  菅総理は感染状況を見極めながら、効果的な解散時期を摸索することになります。
 そして、菅総理は、自民党本部を訪れ、二階氏ら幹部と会談しました。党大会のお礼という名目ですが、会談の詳細については明らかにされていません>(以上「TBS news」より引用)




 改作総選挙で国民に何を訴えるつもりなのか、与野党ともに依然として明確な「政権の構想」というべきビジョンが見えない。「デジタルと五輪」に到っては、手段でしかないことを目的にしている違和感しかない。
 デジタル化とはデータ処理の手段でしかない。それ自体が新しい価値を生み出すのではない。そしてデジタル化で何を高速処理すべきかを真剣に検討した後でなければ、何でもかでも高速化すれば良いというものでもない。

 デジタル化社会が素晴らしいもというのは幻想だ。極端なデジタル社会を実現している中共政府の中国は国民総監視社会になっている。全国に4億台もの監視カメラを設置し、政府中央にスパコンを設置して全国民を顔認識システムで個人認証処理して、全国民の個々人すべての動きを監視している。
 日本国民はそうした息の詰まるような監視社会を望むのか。そうではないはずだ。デジタル社会のあり方から、まず議論すべきだ。たとえばワンストップ行政サービスを実現して頂きたいが、窓口で個人ナンバーを入力すれば行政が把握している個人情報がすべて画面に表示されるのは戴けない。だから何らかのアクセス障壁を設置すべきだ、とか、カルテからレセプト情報までの個人情報を他のすべての個人情報と一元管理されたなら、そうした個人情報が個人の人権侵害に使われかねない危険性があることも議論を必要とするところではないか。

 そして不快に思われる人がいることを承知の上で敢えて言及すれば、「五輪」や「コロナ」は永続的な課題ではない。いうまでもなく五輪は7月の開催を待つまでもなく、遅くても5月頃には開催か中止を決定せざるを得ない。外国人の観客は入れないようだが、それでもマトモに開催すれば選手・役員だけで一万人もの外国人を迎えることになる。
 断っておくが、日本は武漢肺炎ウィルスの「汚染国」だ。街を歩いている誰が無症状の感染患者か分からない「汚染国」だ。しかも徹底した感染患者撲滅策を採ろうとしない始末の悪い政権が居座っている国だ。本気で今からでも感染患者をすべて洗い出して隔離する気があるのなら、早急に武漢肺炎ウィルスに感染した「キャリアー」を洗い出す手立てはある。
 巷間云われていることだが、たとえば一定の集団に感染患者がいるかどうかを調べるには全員の唾液を混ぜて検査すれば良い。その検体が陰性なら、その集団に感染した「キャリアー」はいないことになる。陽性反応が出た場合だけ、全員の検査を行えばよいだけだ。
 あるいは、地域全体の陰性か陽性かを見るには地域下水の本管を検査すれば良い。それが陽性だったら、本管に流れ込む支流の下水を検査して、陽性反応の地域を限定し、限定された地域の全員を検査すれば良い。そうした手法は既に考えられて、一部地方自治体では実施されている。しかし、マスメディアはそうしたことを「報道しない自由」を使って、国民に報道しようとしない。そして政府や首都圏知事たちはそうした感染患者をすべて隔離し、治療しようとしていない。だから日本は依然として武漢肺炎ウィルスの「汚染国」であり続ける。そうした「汚染国」へ選手団を送り込む国がどれほどあるというのだろうか。

 だが、誤解を恐れず敢えて言及すれば、五輪もコロナ禍も「期間限定」の問題だ。今の政治課題としては重要だが、日本の国家と国民の未来に永続的に影響を与えるものではない。
 野党が選挙対策として「デジタル化と五輪とコロナ禍」の三点セットで闘える、と考えているとしたら加茂の流れの泡ほどの思考回路しかない政治家だ。鴨長明が「うたかた」と評した思考回路しか持たない政治家集団に国民は政権を預けようとは思わないだろう。
 日本の未来に大きな影を落としているのは何で、国民が漠とした不安を抱いているのは何故だろうか。それは日本が衰亡しているのではないか、と身に迫る実感として日本の未来の危機を肌で感じているからではないだろうか。

 確かに失われた30年間、日本経済は停滞していた。しかし、それは日本に視点を置いた場合の感想だ。日本の失われた30年間、世界経済は平均で約3%成長を続けてきた。日本を見る視点を世界平均経済成長に置けば、日本経済は年平均3%のマイナスで縮小していることになる。つまり日本は衰退しているのだ。
 衰退している日本を再び力強く甦らせる政策を掲げて、野党は「令和の所得倍増論」を打ち出すべきだ。そうしたことは考えも及ばない、というのなら、MMT理論派経済学者や学識者を政策顧問に迎えれば済む話だ。MMT理論は経済学者なら自公政権が長きに渡って「構造改革」がいかに日本を破壊し、国民を貧困化させたかを説明してくれるはずだ。
 中国の軍事的脅威に対峙するにも経済成長なくして、いかにして対応して行くことが出来るだろうか。コロナ禍は克服すべき重大事だが、未来永劫続く厄災ではない。感染のための仕掛けであるコロナ突起のたんぱく質を無力化する特効薬や、感染後に細胞に入り込んだコロナウィルスを異質な細胞と認識して抗体反応を示し攻撃する特効薬などがゲノム解析などにより必ず発明される。人類の叡智は必ずコロナウィルスの厄災を克服するだろう。しかし、それは学者・研究者に任せれば良い話だ。

 政治家であれば国民に「明日の希望」を語るべきだ。そして日本国民の閉塞感を打開することこそが政治ではないだろうか。「デジタルと五輪とコロナ」の三点セットで闘える、とは余りに政治をバカにしてはいないだろうか。野党国会議員諸氏に猛省を求める。

このブログの人気の投稿

それでも「レジ袋追放」は必要か。

麻生財務相のバカさ加減。

無能・無策の安倍氏よ、退陣すべきではないか。

経団連の親中派は日本を滅ぼす売国奴だ。

福一原発をスーツで訪れた安倍氏の非常識。

全国知事会を欠席した知事は

安倍氏は新型コロナウィルスの何を「隠蔽」しているのか。

自殺した担当者の遺言(破棄したはずの改竄前の公文書)が出て来たゾ。

安倍ヨイショの亡国評論家たち。