スタグフレーションの中国。

日本がバブル絶頂の1989年の経済成長率が、4.9%だった。あの頃の東京は活気と笑顔に満ちていたが、あの活気と笑顔は、いまの北京・上海・深圳を見る限りない。むしろ「沈滞ムード」である。中国を牽引する大都市でさえ、そのような状況なのだから、ましてや農村地帯は推して知るべしである。
中国の経済成長が鈍化している理由を、読売新聞は「米中摩擦激化で」と書いているが、北京や上海で経済の専門家に聞くと、「雪上加霜」(シュエシャンジアシュアン)という成語をよく使う。すなわち、もともと「雪が降っていた」(中国経済が悪化していた)上に、「霜が加わった」(米中貿易摩擦が加わった)という見方だ。私もそちらの方が、的を射ていると思う。
胡錦涛政権から習近平政権にバトンタッチして以降、それまで長く続いていたバブル経済は終焉し、景気の悪化に歯止めがかからなくなってきた。そのため、2016年から「供給側構造改革」と呼ぶ「5大改革」(生産過剰の除去、在庫過剰の除去、金融不安の除去、生産コストの削減、弱者の救済)を断行した。
この徹底した改革によって、ようやく中国経済が一息ついたと思ったら、そこへ「トランプ台風」が襲ってきた。そこで昨秋から今年にかけて、過去に前例を見ない2兆元(1元≒15.3円)規模の大型減税を実施している。だがそれでも、景気の悪化に歯止めがかからないというのが現状なのだ。
中国のGDP統計に対する私のもう一つの疑問は、統計を発表する時期に関するものだ。中国は、日本の26倍もの国土と11倍もの人口を有する巨大国家なのに、930日までの経済統計が、翌月18日に発表されてしまう。このスピーディさは、世界に類を見ないものだ。
しかも、今年の101日は建国70周年で、7日まで丸一週間も連休が続いた。もちろんその間、中央官庁も休みである。そうしたことを勘案すると、中国国家統計局が魔法使いのように思えてしまう。
そう言えば、中国ではここ数年、こんなアネクドート(政治小咄)が流布している。
「私たち中国人は、何と幸せなのだろう。なぜなら今後、中国経済が悪化して、財政部や中国人民銀行がさじを投げたとしていも、国家統計局がついていてくれるのだから」
毛司が次に言及したのは、農業関係の統計だった。
「農業生産はおそらく豊作で、通年の生産量は6.5億トン以上を維持するだろう。第3四半期までで4.3%増加している。米と大豆を増産し、トウモロコシを減産した。
3四半期までで、卵は5.5%増、乳牛は2.5%増、鶏肉は10.2%増、牛肉は3.2%増、羊肉は2.3%増だったが、豚肉は17.2%減だった」
最近の中国で、農業に関する話題と言えば、二つである。一つは、アフリカ豚コレラの蔓延で、もう一つはアメリカ産農産品の大量購入である。
昨年83日、中国動物衛生流行病学センターが、「瀋陽で豚コレラが発生した」と発表。その後、豚コレラは中国各地で猛威を振るった。今年1016日現在、全31地域中、発生は28地域に及び、157件確認。これまでに計1192000頭の豚を殺したという(1017日付『中国新聞ネット』)。
そのため、豚肉価格は高騰の一途を辿り、今年9月は前年同期比で69%増! その影響で、9月のCPI(消費者物価指数)は6年ぶりに3%の大台に乗った。
こうしたことから、中国としては外国産の安全な豚肉を大量に輸入したい。そこで1010日と11日にワシントンで行われた13回目の米中閣僚級貿易協議で、アメリカ産の豚肉購入を約束することで、アメリカに「貸し」を作ろうとしたのである。
1015日の中国外交部の定例会見で、耿爽(ゲン・シュアン)報道官は、米中閣僚級貿易協議の成果について、こう述べた。
「初歩的な私の把握によれば、今年に入って中国企業は、アメリカから以下の農産品を買い付けている。大豆2000万トン、豚肉70万トン、高梁70万トン、小麦23万トン、綿花32万トン。中国側はさらにアメリカの農産品購入を加速させていく」
さて、毛司長が農業に続いて発表したのは、工業に関する統計だった。
「今年第1四半期から第3四半期までの全国の規模以上の工業増加値は、前年同期比で5.6%の増加だった。企業形態別には、国有企業が4.7%増で、民営企業が6.9%増、外資・香港マカオ台湾企業が1.4増だ。3大部門で言えば、鉱業が4.6%増、製造業が5.9%増、エネルギー分野が7.0%増だ。
また、1月から8月までの全国の規模以上の工業企業は、総額4164億元の利潤を達成した。前年同期比では-1.7%だった」
工業に関しては、5月から6月にかけて、広東省の製造業地帯を見たが、5.9%も伸びているような実感は湧かなかった。ある広州の電器メーカーの社長は、次のように述べていた。
「繊維(衣料)工場のような低付加価値製品を作る工場は、どんどんベトナムなどに移転しつつあり、空洞化が加速している。携帯電話などの高付加価値製品を作る工場は、広東省に残っているが、部品問題に悩んでいる。下請けの部品メーカーの資金繰りが悪化し、部品を正常に供給できなくなってきているのだ」
また、工業企業の利潤が、前年同期比で-1.7%と、マイナス成長になったことが気になるが、建国70周年記念日(101日)の前日、浙江省である「事件」が起こった。
930日、浙江省統計局は、ホームページ上で一瞬だけ、「1月~8月の浙江省の工業企業の利潤の増加速度は全国よりも高い」という表題の発表をアップしたのだ。察するに、翌日は晴れがましい70周年の建国記念日ということで、つい「発表してはならないこと」を上げてしまったのだろう。
すぐにホームページ上から削除されたが、次のような内容だった。
〈 今年1月~8月の浙江省の規模以上の工業企業利潤は、前年同期比で2.8%増だった。これは全国平均の-1.7%よりも4.5ポイント高い。
全国の東部の10省市の中で、浙江省の利潤の増加速度は海南省の12.9%、福建省の10.4%に次いで良好である。北京市-14.4%、天津市-5.8%、河北省-11.2%、上海市-19.6%、江蘇省-3.5%、山東省-13.0%、広東省-0.4%であり、それよりも良好である 〉
ここには、中国経済を牽引する北京、天津、上海の悪化ぶりが如実に表れている。特に、中国で最もGDPが高い都市である上海が、前年同期比で2割近く減少しているのは、由々しき問題だ。
さて、続いてはサービス業と小売業である。毛司長はこう述べた。
「今年第1四半期から第3四半期まで、サービス業は継続して、比較的よい発展の勢いを保持している。情報伝達・ソフトウェアと情報技術サービス業、不動産賃貸とビジネスサービス業、交通運輸・倉庫と郵政業、金融業の増加値は、それぞれ19.8%、8.0%、7.4%、7.1%の増加だった。また、1月~8月、規模以上のサービス業企業の営業収入は、9.5%増だった。
1四半期から第3四半期まで、社会消費品の小売総額は296674億元で、8.2%増だった。都市部が8.0%増で、農村部が9.0%増だ。飲食収入が9.4%増で、商品の小売りが8.0%増だ。
また、第1四半期から第3四半期まで、一人当たりの平均消費支出額は15464元で、8.3%増だった。
電子商取引の9ヵ月の売り上げは、73237億元で、16.8%増だった。そのうち実物商品の売り上げは、57777億元で、20.5%増だった。すべての社会消費品小売総額に占める割合は、19.5%である」
いまやサービス業が中国経済を支えているのは間違いない。消費がGDPの増加に占める割合は、60.5%に上る。都市部の若者たちは、ミネラルウォーター1本、コーヒー1杯から、スマホの電子商取引で買っているので、発展していくのは理解できる。
しかし、消費が8%以上、電子商取引の売り上げが2割も増加しているのは、消費が活発化しているというより、物の値段がどんどん上がっている要素が大きいのではないか。
これも体感から言うことだが、いまの中国は、不況下のインフレ、すなわちスタグフレーション状態に陥っている気がする。
消費で一番、景気動向が出やすいものの一つである自動車販売台数は、1月~8月は1610万台で、前年同期比11%減である。
続いて、毛司長は投資について述べた。
「今年第1四半期から第3四半期まで、全国固定資産投資は461204億元で、5.4%増加した。うち民間投資は264805億元で、4.7%増である。うちインフラ投資が4.5%増である。
同様に、全国不動産開発投資は98008億元で、10.5%増。全国商品家屋売上面積は119179万㎡で、0.1%減。全国商品家屋売上額は111491億元で、7.1%増だった」
固定資産投資の増加率が減少しつつある状況をどう見るかについては、意見の分かれるところだ。だが、消費・輸出・投資という中国経済を牽引する「三頭馬車」のうち、投資が減少しているのは、中国経済の体力が落ちていることの証左と受け取れる。
2015年の年初は、固定資産投資が16%増だったことを思えば、5年足らずで3分の1以下に減ってしまったことになる。
ちなみに、インフラ整備特別債は、9月までに今年分の21500億元(前年比8000億元増)を使い切ってしまい、10月からは来年分を前倒しして使っている。政府が高速鉄道建設などで地方のインフラを作ることによって、何とか地方経済を支えているのだ。だが中国鉄道総公司の負債は、すでに5兆元を超えている。
また、地方債の増加は、まるで降り積もる雪のようで、今週(1021日~25日)だけでも、浙江省、四川省、湖北省、海南省、湖南省など9地方が、計6706400万元も発行する。国家統計局によれば、8月末時点での地方債の残高は、214139億元に上るが、「全国人民代表大会が承認した限度額内でコントロールの範囲内」だとしている。
このあたりは、昨年末に債務が1100兆円を突破した日本を見習っているのかもしれない。
不動産に関して、面積・売上高ともに増加しているのは、中古マンションの取引が増えていることが、牽引しているものと思える。ちなみに、全国300都市の第3四半期の新築住宅用の販売面積は8.6%減、契約面積は6.8%減である。
新車と新築マンションの販売は、中国経済の景気を占う「2大指標」とも言えるだけに、この減少傾向は気になるところだ。
続いて、貿易である。
「第1四半期から第3四半期まで、貨物の輸出入総額は229145億元で、前年同期比2.8%増だった。うち輸出が124803億元で5.2%増、輸入が104342億元で0.1%減である」
貿易額がいま一つ伸びていかないのは、昨年7月以来のアメリカとの貿易戦争の影響が大きいだろう。米中貿易戦争に関しては、1116日、17日にチリで開かれるAPEC(アジア太平洋経済協力会議)で、米中首脳会談を開いて決着を図ると、ドナルド・トランプ大統領は強調している。
だが、米中対立は今後長期的かつ多岐にわたる見込みで、とても1回のトップ会談で解決するとは思えない。6月の大阪G20(主要国・地域)サミットの前にも、トランプ大統領は同じ発言をしていたが、根本的な解決にはならなかった。
輸入に関しては、中国は昨年11月、習近平主席の肝いりで、「進博」(ジンボー)と呼ばれる大規模な第1回中国国際輸入博覧会を開いた。だがそれでも、輸入は増えない。景気が悪いのだから、「笛吹けど踊らず」となるのは当然だ。
毛司長は、就業についても言及した。
「今年第1四半期から第3四半期まで、全国の都市部での新規就業は1097万人で、今年の目標(1100万人)を99.7%達成した。9月の都市部での失業率は5.2%で、8月と変わらなかった。うち25歳から59歳までの失業率は4.6%だ。
9月末時点での農村から都市部への出稼ぎ労働者は、18336万人に上る。前年同期比では、201万人の増加だ。
9ヵ月の平均収入は22882元で、名目上は8.8%増、物価要素を控除すると6.1%増だ。都市部の住民の平均収入は31939元で、実質5.4%増。農村の住民の平均収入は11622元で、実質6.4%増だ」
就業に関しては、今夏に840万人もの大学生が卒業したが、そのうちどれだけの若者が、自分の望む就職ができているのかが気になるところだ。私は毎週1回、明治大学で東アジアの国際関係論を講義していて、中国人留学生も数十人いるが、彼らの口からは、あまり楽観的な話は聞こえてこない。
毛司長はその後、9人の内外の記者の質問に答えたが、あくまでも統計学的な観点から回答していて、中国経済の本質には触れていないので、省略する。
いつもながらに思うのは、中国という巨大国家を運営していくことの難しさだ。それでも日本にとっては最大の貿易相手国であり、米中貿易戦争の行方も踏まえて、今後とも注視していく必要がある>(以上「現代ビジネス」より引用)

 長々と「現代ビジネス」に掲載された近藤大介氏の論評「中国経済、GDP6%成長とは思えないヤバ過ぎる実態」を引用させて頂いた。この論評は中国国家統計局のスポークスマンを務める毛盛勇国民経済総合統計司長が行った記者会見を基にした。だから記事に表れている数字はすべて中国当局の発表したものだ
 よって中国にとって不都合なものは排除されている、と考えるのが妥当だ。しかし上記引用記事で近藤氏は学者的な誠実さで毛司長の発表した数字を元として論評している。

 そうすると明らかな矛盾が浮かび上がってくる。毛司長は米や麦は豊作だったと発表しているが、引き続き米国から大量の「大豆2000万トン、豚肉70万トン、高梁70万トン、小麦23万トン、綿花32万トン。中国側はさらにアメリカの農産品購入を加速させていく」という。豊作なら大量に買い付ける必要はないはずだ。
 毛司長が工業に関する統計を「今年第1四半期から第3四半期までの全国の規模以上の工業増加値は、前年同期比で5.6%の増加だった。企業形態別には、国有企業が4.7%増で、民営企業が6.9%増、外資・香港マカオ台湾企業が1.4増だ。3大部門で言えば、鉱業が4.6%増、製造業が5.9%増、エネルギー分野が7.0%増だ」と発表したが、到底鵜呑みにすることは出はない。なぜなら製造業の主な牽引車は建築と自動車だ。その建築と自動車がマイナスを記録していて、工業統計がプラスになるはずがないからだ。

 次に消費の関する論述はさらに大きな矛盾を感じさせる。近藤氏は「いまやサービス業が中国経済を支えているのは間違いない。消費がGDPの増加に占める割合は、60.5%に上る。都市部の若者たちは、ミネラルウォーター1本、コーヒー1杯から、スマホの電子商取引で買っているので、発展していくのは理解できる」としているが、消費が拡大しているとは到底思えないからだ。
 なぜなら消費の元になる個人所得の伸びがそれほど拡大しているという統計数字がないからだ。毛司長は就業について「今年第1四半期から第3四半期まで、全国の都市部での新規就業は1097万人で、今年の目標(1100万人)を99.7%達成した。9月の都市部での失業率は5.2%で、8月と変わらなかった。うち25歳から59歳までの失業率は4.6%だ。9月末時点での農村から都市部への出稼ぎ労働者は、18336万人に上る。前年同期比では、201万人の増加だ。9ヵ月の平均収入は22882元で、名目上は8.8%増、物価要素を控除すると6.1%増だ。都市部の住民の平均収入は31939元で、実質5.4%増。農村の住民の平均収入は11622元で、実質6.4%増だ」と、楽観的な数字を並べているが、700万人も帰農させた農民工の話はどうなったのだろうか。確か、都市に失業した農民工が溢れ、社会不安に繋がりかねないから「強制的」に帰農させたはずではなかっただろうか。

 毛司長の発表する経済統計は嘘ばかりと判断するしかない。近藤氏は「就業に関しては、今夏に840万人もの大学生が卒業したが、そのうちどれだけの若者が、自分の望む就職ができているのかが気になるところだ」と述べているが、中国から聞こえて来るのは新卒者の就職率は6割に満たなかった、というものだ。
 ことに中国経済を牽引して来た海岸部がマイナス成長に陥っているという。上記記事では「不動産に関して、面積・売上高ともに増加しているのは、中古マンションの取引が増えていることが、牽引しているものと思える。ちなみに、全国300都市の第3四半期の新築住宅用の販売面積は8.6%減、契約面積は6.8%減である」とあるが、中国ではマンションの売却は厳しく禁じられている。「中古マンションの取引が増えていることが、牽引しているものと思える」という論考は明らかな間違いだ。そこで新築マンションが床面積、販売総額の両方でマイナスになっていて、不動産販売が拡大している、と発表する毛司長の統計数字は「嘘」だと解る。

 中国経済の実態はスタグフレーションに陥っているのではないか、と分析した近藤大介氏の「直観」は正しい。消費者物価の高騰が「消費拡大」しているかのように錯覚させているのだ。実態の中国経済は相当厳しい局面にあると思われる。だからこそ、習近平氏が笑顔を安倍氏に見せ、日本の財界に秋波を送って来るのだ。
 かつて中国経済が好調だった当時の、習近平氏が安倍氏に見せた冷淡な態度を忘れたのだろうか。安倍氏は習近平氏の笑顔に欣喜雀躍しているが、薄っぺらな人物は腹黒い笑顔の裏の顔が見えないようだ。いまこそ、安倍氏は習近平氏に冷淡な態度のお返しをすべき時だ、が。

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