政権お追従の幇間マスメディアを叱る。

<千葉県は12日、台風15号が千葉市付近に上陸した9日以降、被災状況の確認などのため職員を市町村に派遣していなかったと明らかにした。県は災害時マニュアルで「応援要請が困難な市町村には迅速に県職員を派遣する」と定めている。通常は市町村が被災状況をシステムに入力して県に報告する仕組みだが、被災者対応に追われて入力ができない地域もあり、県は正確な被災状況をつかめていなかった。

 県は12日午後5時半になって職員の派遣を指示した。森田健作知事は12日の定例記者会見で「一義的には市町村からの報告を精査した上で(支援内容を)考えていかなければならないが、手の届くところが少なかった。大きな反省材料だ」と述べた。

 こうした県の対応に市町村からは不満の声が上がる。担当者らは取材に対し「役場は12日午後1時まで電話も通信も不通だった」(多古町)、「被災者対応に追われてシステム入力の暇がなかった」(香取市)、「国の職員は泊まり込みで来たが、県からは来ていない」(八街市)と話した>(以上「毎日新聞」より引用)


 迅速な対応を県も国もなぜしなかったのだろうか。千葉県を襲った台風15号の被害の酷さに唖然とする。ことに南房総市は「激甚災害」の指定を国に要請すべきではないか。
 強風により電線が各所で遮断され、広範囲で未だに停電が続いているという。もちろん多くの家屋で屋根が吹き飛び壁が崩れたりしている。後片付けに多くのボランティアの手が必要だが、そうした募集も受け入れ態勢も何も出来てないようだ。

 マスメディアは一体何をしていたのか。小泉某が環境相として初入閣だ、「安定と挑戦」だなどと糞にもならない世迷い事ばかり散々垂れ流して、安倍友ジャーナリストが賑々しくも歯の浮くようなお追従コメントを恥もせず述べていた。
 「安定と挑戦」とは何だろうか。南房総市や千葉県の被災市民たちにとって「安定」や「挑戦」どころの話ではない。必要なのは目に見える「支援と復興」だ。マスメディアはなぜ迅速な被災報道を行わなかったのだろうか。

 日本の社会インフラの多くは老朽化している。なぜなら多くの社会インフラが整備されたのは高度経済成長期だったからだ。既に出来てから四、五十年も経過している。コンクリートも劣化と風化が進み耐久性能は著しく低下している。
 その実証が折れたコンクリート製の電柱だ。どれほどの強風を想定して製造されているのか、明確なデータが手元にないが、おそらく製造基準は台風で折れない強度を満たしていたはずだ。しかし経年劣化はコンクリートをも蝕む。

 国土強靭化を謳った安倍自公政権はこの七年間にどれほどの強靭化を果たしたのか、マスメディアは通信簿を付けて安倍自公政権の「結果」を国民に報せるべきだろう。禄でもない「未知数」の初入閣で欣喜雀躍の大騒ぎを国民に押し付け目のがマスメディアの役割ではないはずだ。
 「政治は結果だ」といったのは安倍氏本人だ。具体的な数値を目標設定して結果を出すと豪語したのも安倍氏本人だ。福一原発事故で放射能汚染水を止める、といって「凍土壁」工事に巨費を投じたのも安倍自公政権だ。いつの間にか消えてしまった放射能汚染水処理の中核となる「核種除去プラント」を福一原発構内に設置しようとしたのも安倍自公政権だ。それらの一つとして「結果」を出していない安倍自公政権をここまで持ち上げるマスメディアとは一体何だろうか。

 そして東京と目と鼻の先で多くの国民が台風被害で日々苦しんでいるにも拘らず、東京のテレビ局は愚にもつかない「内閣改造祭り」報道に浮かれて来た。これほど劣悪にして蒙昧なマスメディアが日本にあっただろうか。あったとすれば戦前の戦争に国民を世論誘導したマスメディア以来ではないだろうか。
 なぜ地方自治体に災害時に最低限の危機管理部署を動かすほどの「自家発電装置」が設置されてないのだろうか。防災無線も電源喪失では無力ではないか。地方自治体の「危機管理能力」を上げる必要があるのではないだろうか。そしてマスメディアは真実報道を旨とすべきで、政権お追従報道などに間違ってもうつつを抜かしてはならない。

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