MMTに焦る幇間評論家たち。

世界的に、いまだにMMT理論が話題になっているのは日本だけだ。そしてそれ以上に日本が特殊なのは、MMT理論に対して一定の肯定的な評価があることである。
日本がMMTにもっとも相応しくない経済である(社会、政治的状況ではなく、「経済」が、である)にも関わらず、このような現象が起きているのは極めて危険だ。
サマーズもスティグリッツも日本に関心がないからこの問題に気づいていないし、ケルトンは理解力不足でMMT理論の本質を理解していないから、問題を正反対に捉えている。
つまり、日本人たちをせせら笑うように、インフレが20年間も起こせなかった日本で、インフレの心配ばかりの質問を受けるとは、と皮肉った。
ケルトンは何もわかっていない。インフレが起きない国でこそ、MMT理論はもっとも危険なのだ。
財政赤字を気にしない日本人
インフレが起こる国であれば、MMT理論(というよりは現在の論者が提唱する財政支出の大規模な拡大)は問題ない。支出が多すぎれば、インフレをもたらし、すぐに財政支出の拡大が経済に悪影響をもたらすことが認知され、財政支出が極端に過度になる前に止まる。
しかし、インフレが起きにくいとしたらどうだろう。
財政支出は無限に膨らみかねない。だから、日本でMMTは危険なのだ。
日本ではインフレが起きにくい。だから、財政支出が課題となっても、現在世代の人々はそれが経済を傷めていることに気づかない。
これがMMT理論の最大の問題点である。
MMTの問題点はインフレになることではない。インフレにならない場合に起こる、過剰な財政支出による資源の浪費(経済学的に言えば、非効率な配分)なのだ。
インフレが起きるのはむしろ歓迎だ。ハイパーインフレにならないほうがいいが、まったくインフレが起きず、永遠に無駄遣いが続き、日本経済がゼロになってしまうよりは、早くハイパーインフレで財政支出ができなくなり、政府の倒産(デフォルト)という形で、日本経済が完全になくなる前に再スタートが切れたほうがよい。企業が最後まで無理をして、破産するよりも生きているうちに倒産して、新しい経営者の下で再生を図ったほうが良いのと同じである。
したがって、インフレになる、という批判はMMTに対してまったく的外れであり、むしろ彼らの主張を正当化するものであるから、サマーズやステグリッツも、日本の批判者もケルトンをやっつけ切れないのである。ましてやハイパーインフレでも実は意味がある可能性があるから、まったく理論的にも彼らは破綻しない。
しかし、彼ら、つまりMMTを主張する人々が気づいていないのは、インフレになるかどうかではなく、その財政支出が効率的なものであるかどうか、財政支出をするべきかどうか、というところが最大のポイントだということだ。しかも、其の点においてMMT理論は理論的に破綻していることに気づいていない。
ケルトンは、日本ではインフレが起きないのだから心配することはない、と言っていることから、彼女こそがMMT理論をもっとも理解していないことは明らかだが、MMT理論自体はそれほどおかしくない、と言っている人々も間違っており、MMT理論には根本的な欠陥がある。
すなわち、MMT理論から出てくる財政支出を拡大すべきだ、という主張は、その支出が有効なものか立証されていない。MMT理論は正しくないという指摘に対し、それは財政支出が効率的になればよいと言って反論するだろうが、実は、MMT理論自体が、財政支出が効率的な水準になることを阻害するどころか、そのメカニズムを破壊するところから理論をはじめているところに致命的な欠陥がある。すなわち、国債は中央銀行が引き受けるメカニズムになっており、国債市場が機能しないようになっているところである。
この金利が上昇することを無視するか、上昇しないという前提では、現在の支出が過度に膨らみ、将来の資源を奪うことになるのである。つまり、異常な低金利で無駄な投資が行われ、資本が残っていれば、将来のもっと有効な技術に投資され、もっと大きなリターンが得られた投資が行われる機会を奪うのである。
ポピュリストが支持する訳
異常な低金利で財政支出を過度にすることは、現在の民間投資を阻害するクラウディングアウトを起こすのであるが、さらに深刻な問題は、異時点間の資源配分を阻害し、将来の投資機会を奪うことにあるのである。金利とは現在と将来の資本の相対価格であるから、この金利市場の価格付け機能を破壊、あるいは無視すれば、そうなることは必然であり、無駄な支出が現在過度に行われることになるのである。
もっと理論的に厳密に言えば、国債金利を内生化していないために、貨幣量は内生化されていると主張しているが、金利が内生化されれば、内生化された貨幣量はもっと低い水準に決まるはずである、ということになる。
したがって、MMT理論は金利市場を無視、あるいは意図的に消去し、あるいは破壊することによって、理論的にさえ破綻しているのである。
しかし、だからこそ、金利市場を破壊して、将来の投資機会や資本を現在使ってしまおうとするポピュリズムエコノミストに支持されるのである>(以上「NEWSweek」より引用)

 MMT理論に対する「反論」がNEWSweekに掲載されていたから、反論の反論を行う。引用した批判で最大の根拠は「MMT理論から出てくる財政支出を拡大すべきだ、という主張は、その支出が有効なものか立証されていない」というものだ。
 恰もMMTは「野放図」な財政拡大を意図しているかのようだが、それは民主主義が機能していれば、財政支出が「野放図」であれば国民の信を失うだろう。そうした政府には自ずと「安全装置」が働くようになっている。

 そして「つまりMMTを主張する人々が気づいていないのは、インフレになるかどうかではなく、その財政支出が効率的なものであるかどうか、財政支出をするべきかどうか、というところが最大のポイントだということだ。しかも、其の点においてMMT理論は理論的に破綻していることに気づいていない」と結論付けているのは余りにも根拠に乏しい。
 なぜなら「財政支出の効率」など誰がどのようにして判定するのか明確でないからだ。そして「財政支出の効率」など時代や社会状況の変化とともに変化することを忘れてはいないだろうか。

 MMTではそうした支出のモラルにまで言及していない。それは民主主義による自動作用によってモラルは保たれる、という前提からだ。そして、そもそもMMTはモラルを語る理論ではない。MMTは貨幣の持つ「機能」について語っている。
 「異常な低金利で財政支出を過度にすることは、現在の民間投資を阻害するクラウディングアウトを起こすのであるが、さらに深刻な問題は、異時点間の資源配分を阻害し、将来の投資機会を奪うことにあるのである。金利とは現在と将来の資本の相対価格であるから、この金利市場の価格付け機能を破壊、あるいは無視すれば、そうなることは必然であり、無駄な支出が現在過度に行われることになるのである」の下りでNEWSweekは何を語っているのか支離滅裂になっている。異常な低金利で財政支出して民間投資の機会を奪っているとはチンブンカンプンも甚だしい。低金利で投資家は資金を準備して巨額投資が可能な状態になっている、と解釈すべきではないか。

 バブル期には金利が数%でも投資家は資金を金融市場から手当てして土地投機に狂奔したではないか。現在はそうした投資が行われていない。低金利であろうと投資しても回収できる見込みがないからだ。それは日本国内の問題であるが、そうした停滞した日本経済にしているのが「緊縮財政」だという元凶を明快に指摘する理論がMMTだ。
 だから財務省と御用評論家が大慌てでMMTを批判し攻撃している。おそらく上記引用記事もそうした御用評論家が書いたものだろう。「MMT理論は金利市場を無視、あるいは意図的に消去し、あるいは破壊することによって、理論的にさえ破綻している」と結論付けているクダリに到っては吹き出すしかない。

 MMTは無制限に財政支出を拡大せよ、と言っているのではない。それは自ずと「金利」が機能するから財政拡大しても差し支えないのだ、という論理を全く無視したか、あるいはそうした理論が理解できないで書いたとしか思えない結論だ。
 MMT理論は「金利市場を無視」してはいない。むしろMMT政策の限界点が金利上昇だと明らかに語っている。そして「あるいは意図的に消去」してはいないし、「あるいは破壊」してもいない。MMTは「現代貨幣理論」だ。「貨幣は金利によって発行量を調節すべきだ」というのが最も単純化したMMT理論だ。金利を無視するだの、民間投資を阻害するだのと、見当違いの珍説を展開して、その挙句にMMT理論を推奨する私たちを「ポピュリスト」だと批判のステレオタイプに嵌めこむ悪辣さだ。
 いや、それだけ財務省と御用学者や幇間評論家たちはMMT理論という黒船に焦っているのだろう。

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