自由貿易圏の「自由」とは何か。

2月1日から始まった日本とEU(欧州連合)の自由貿易体制は、早速フランス・ボルドーのワインを800円台で楽しめる機会を与えてくれた。世界最大級と言われる今回の「日欧EPA(経済連携協定)」のスタートによって、日本は新たに6億4000万人の新しい「自由貿易圏」に参加することになった。
日欧EPAは、世界のGDP総額の約3割を占め、貿易量では約4割のシェアを持つ。加えて日本は、「TPP(環太平洋パートナーシップ協定)」に参加することが決まり、こちらの約5億人の人口を加えると、合計で11億人を超える自由経済市場に参加することになる。
イギリスの「BBC」は、日本は「自由経済圏で勝ち組になる」と予測したが、自由経済圏で勝ち組になるためには、日本製品を買ってもらう必要がある。 世界中のどこでも日本企業が進出して工場をつくることができる半面、世界中の企業や労働者も日本に工場をつくり、働くことができる社会に移行していく可能性が高い。
日本製品を自由貿易圏で関税なしで販売できるようになるが、日本でも海外の企業が自由にビジネスできる環境に移行していくため、日本国内の過当競争にはさらに拍車がかかる。しかも、これからの日本は深刻な人手不足が予想され、日本国内にどっと外国人労働者が入ってくる可能性も高くなる>(以上「東洋経済」より引用)


 自由経済圏と「グローバル化」とは同義語ではない。「自由貿易圏」がいかにもバラ色の明日を約束しているかのような上記掲載の論評だが、そこにあるのは企業経営者の観点であって、脱落しているのは日本の労働者の観点だ。
 そもそもグローバル化は働く労働者の側から出た要請ではない。企業経営者から搾り取る投機家から出た発想だ。世界を同一の経済基準で塗り潰し「堂々と」自由競争をしようとする「土俵」に持ち込むたくらみに他ならない。

 自由、という言葉に騙されてはならない。いわば柔道の「無差別級」という括りに他ならない「土俵」で競技を行えば、おおむねデカイ者が勝つに決まっている。
 自由競争と称して、非関税障壁まで徹底して「関税」を取り払えば、おおむねデカイ資本家が勝つ。決して「自由競争」でないことは少し考えれば分かることだ。自由競争が完全な自由な競争になればなるほど、世界の金融や投機資本を牛耳っている「大投機資本グループ」が利益を独占することは自明の理だ。そうした格差拡大傾向は急速に進み、世界の富豪トップ26人で世界の富のボトム35億人の所有する富に相当するという。この傾向がますます助長されるのが「自由経済圏」の成れの果てだ、と観念するが良い。

 自由という言葉に騙されてはならない。自由とは「持てる者の自由」であって、投機資本を持たない者に「自由」などありえない。最初から日本の労働者は「自由貿易圏」の「自由」を享受する者から排除されている。
 もちろん「東洋経済」誌も排除されているのだが、評論家氏はそのことに気付いていない。日本の経済誌はおおむねグローバル化の旗振り役を勤めてきた。しかしグローバル化が進めば経済誌の世界も当然自由競争にさらされることになる。言語の障壁は「自動翻訳機」の飛躍的な改良により雑誌もグローバル化する。

 すると、日本の二流の経済評論家の執筆する経済誌が淘汰されるのは自明の理だ。いや、そもそも日本の経済誌に掲載されている評論の多くが欧米の経済誌に掲載された評論の焼き直しに過ぎないものばかりではないか。
 自由経済圏を推奨する記事を掲載している日本の経済誌はグローバル化の本当の姿を知らない。グローバル化の行き着く先は一握りの巨大投資家の楽園と残りの70億人の経済奴隷を作るだけだ。そうした悪夢のような世界を創出しようとしていることに、なぜ気づかないのだろうか。「国民の生活が第一」の政治こそが本来の国家と国民のあり方なのだが、能天気な政治家諸氏はハンメルの笛を吹き続けている。

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