野党はいつまでチマチマとした政党ゴッコを繰り返せば気が済むのだろうか。

民進党の蓮舫元代表(50)と無所属の山尾志桜里衆院議員(43)の立憲民主党への入党が有力との見方がある中、立憲民主党内に難色を示す声がくすぶっている。蓮舫氏については、現在希望の党所属の前原誠司前民進党代表(55)と立憲民主党の枝野幸男代表(53)による9月の民進党代表選で「前原氏に投票した」との情報が駆けめぐった。山尾氏に関しては前原氏が代表選に選出された際に幹事長に指名した人物で、2人には前原氏の影がちらついているのだ。

 「民進党がどこに歩んでいくのか見えない。枝野氏に会い、どういう政党なのか、直接話を聞きたい」

 蓮舫氏が記者団にそう語ったのは14日の民進党の両院議員懇談会後だった。「民進党を維持するにせよ、(党名変更で)看板を掛け替えるにせよ、新党にするにせよ、肝となる政策を掲げるべきだが、大塚耕平代表や執行部から何の説明もない」とも語り、公然と執行部批判を展開した>(以上「産経新聞」より引用)


 未だに旧民主党の国会議員がチマチマとした「嫌悪の情」で「政党ゴッコ」を繰り返しているのにはウンザリする。それも民主党が支持者の信を失って政権から転落した直後に「総括」をしていなかったからだ。

 なぜ民主党は支持者の信を失ったのか。その原因は明白だ。民主党が政権を獲得した総選挙で掲げた「国民の生活が第一」の旗を降ろしたからだ。


 民主党は政権獲得後に変貌した。菅氏や野田氏たちが支持者を裏切る「自民党化」への舵を切ったからだ。同時に検察とマスメディアによる小沢一郎氏追い落としの陰謀に岡田氏や前原氏たちが乗って小沢氏とその仲間たちを実質的に民主党から追い出したからだ。

 菅氏や野田氏が2009マニフェストになかった「TPP参加」や「消費増税10%」を突如として叫びだした時には民主党支持者たちは腰を抜かすほど驚いた。そして「最低でも県外」を掲げていた鳩山氏を首相の座から引きずり下ろした民主党内勢力が辺野古沖移設へと舵を切ったのにも驚かされた。


 なぜ民主党は変貌したのか。それは憶測の域を出ないが、おそらく官僚たちから「自民党が戦後半永続的に政権を担ってきたのは官僚の掌で踊って来たからだ。民主党も長期政権を目指すのなら「現実的な官僚政治」に舵を切らなければダメだ」とでも唆されたのだろう。

 それこそが日本政治の劣化そのものだ。官僚たちはGHQたちによって追放された「戦争協力者」たちを排除された幹部たちに代わって残りの官僚たちによって終戦後のGHQによる占領政策に協力させられてきた。


 それはGHQの占領政策に従っていれば官僚機構の幹部になれる、との成功体験を日本の官僚たちに刻み込んだ。だから日本の官僚たちは米国の要求に従順に従っている。その系譜に乗って自民党政権は政治を執ってきた。

 ただ米国の意図と異なる政治を行おうとする政治家を手厳しく排除して来たのも日本の官僚たちだ。田中角栄氏が米国支配から独立を目指して「日中国交回復」を果たし、日本の独自外交を展開しようとする意図を読み取ると、米国議会の聴聞会から「ロッキード弾」が飛んできて、田中角栄氏の政治生命を絶った。


 田中角栄氏の死後、最高裁は唯一の物証とされていた「コーチャン氏の嘱託尋問調書」の証拠不採用を決定し、田中角栄氏は「無罪」となった。日本の司法と政治史に決して拭い切れない一大汚点を残した。

 それは取りも直さず、米国による日本支配の決定的な証拠だ。内政干渉どころの話ではなく、米国による日本の官僚・司法支配がまったく終戦直後から変化していない証拠でもあった。


 そして今も米国による日本支配が変化していない証拠を見せつけたのが「政治とカネ」プロパガンダによる小沢一郎氏の「首相就任阻止」行動だ。小沢一郎氏はなぜ米国支配の日本の検察やマスメディアによって排除されたのか。それは彼が掲げた「国民の生活が第一」が取りも直さず米国の1%のエスタブリッシュたちが目指すグローバル化に対立する概念だからだ。

 2009マニフェストに謳われた小沢民主党の政治理念は奇しくも日本を米国支配の桎梏から解き放つものだった。日本国の富を国民に分け与える「最低年金制度」を実施するよりも国民を貧困のままに放置して、米国の1%がグローバル化により経済植民地化した後に奪い取るまで日本国の富を日本国内に温存しておくべき、というシグナルを無視した政策だったからだ。


 現代政治の対立軸は「右翼対左翼」でもなく「保守対革新」でもない。現代政界を真っ二つに貫く争いは「グローバル化」対「国民の生活が第一」だ。「国民の生活が第一」の政治をエマニエル・トッド氏の言葉を借りれば「協調的保護主義」ということになる。

 世界は「みんな違ってみんないい」という金子みすゞの世界を目指すべきだ。「世界は一つ」というのは飛んでもないまやかしだ。世界を一つの国にすれば戦争はなくなる、というのは誇大妄想に過ぎない。それは一つの言語、一つの経済体制、一つの宗教で世界を支配しようとする者の戦略でしかない。世界の多様性を無視する「世界は一つ」というスローガンは「基軸通貨」という単一貨幣で世界を支配しようとする者のプロパガンダだ。


 日本の野党がバラバラでは米国支配からいつまで経っても脱却できない。それを良とする者は「自公政権」に馳せ参じれば良い。日本は独立国家として日本独自の文化と慣習を重んじて独自外交を展開すべき、と考える者は「国民の生活が第一」の旗印の下に結集すべきだ。

 そうした大きな括りの対立軸さえ理解できない政治家は直ちに政治から退場すべきだ。野党はいつまでチマチマとした政党ゴッコを繰り返せば気が済むのだろうか。



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