「ブラック士業」を排除する社会を。

<ブラック士業は、違法な労務管理の技術を経営者に手ほどきすることで、ブラック企業を支えている。このような「専門家」は、「ブラック企業」とともに発展してきた。その背景には、違法なことでもまかり通らせたいという「ブラック企業」の経営者の思惑がある。

ブラック企業は社員を「いつでも辞めさせられる」状態に置き、過酷な選別競争を強いる。そして、「使えない」と決めつけた社員を「自己都合退職」に追い込むために、パワハラなどの違法行為を戦略的に行う。その際に、ブラック士業はこの「自己都合退職」を選択させるために、労働者をうつ病に追い込むようなパワハラ行為を積極的に推奨するのである。

それだけではない。一方では、「まだ使える」と判断した労働者を辞めさせないために、辞めると損害賠償を請求するという脅しの文書を送付することや、違法な労働組合つぶしにも加担する。

事実、京都のあるIT企業は、弁護士を立てて、過労死ラインを超える長時間労働とパワハラによって不眠症になりやむなく退職を申し出た労働者に対して、2000万円の損害賠償を請求する訴訟を提起した。
また、残業代を請求するために組合が申し入れた団体交渉に対して、「なにゆえに貴団体が当社に対し団体交渉申入れができるのか」法的根拠を示せ、という支離滅裂な主張を展開する文書を弁護士名で送付し、労使交渉を妨げようとするブラック士業もいた。こうした行為も「不当労働行為」という明白な違法行為である>(以上「NPO法人POSSEの記事」より引用)

 世間にはブラック企業に取り入って荒稼ぎする「ブラック士業」がいるという。あるいは社会保険労務士であったりあるいは弁護士であったりするようだが、彼らは会社に取り入って労働者との間に入り込んで様々な「ブラック」に手を染める。それが必ずしも会社のためになるというのではなく、最終的に裁判で会社側が敗訴しようが、労働者を辞めさせたり引き止めたりすることで報酬を手にするため、結果がどうなろうと知ったことではないのだ。
 そこまで「士業」としての誇りや社会的使命を喪失してまで稼がなければならないほど、士業は厳しい環境に置かれている。確かに弁護士であれ、かつてのように資格を手にすれば高額報酬を手にして高所得者になれるということはない。そこで怪しげな金融機関の顧問弁護士として「取り立て屋」さながらの仕事に手を染めたりする。

 しかしブラック士業の問題は専門知識を駆使して「士業」の肩書で一般人を脅すことにある。肩書きさえなければ、一般人はそれほど恐れないだろうが、いきなり弁護士から「損害賠償請求」の内容証明書が送付されればビックリ仰天するだろう。
 それだけに「ブラック士業」の悪辣さは想像を絶する。士業が社会的信用を築いてきた肩書きを悪用することに対して、その業界団体はいかに対処をしているのだろうか。それぞれに「倫理委員会」や「懲罰委員会」を設置しているだろうが、同業者が委員や役員等になっているため、とかく処分の矛先が鈍りがちだ。

 それでは国にそうした処分権限を強めてもらえば良いのか、というと必ずしもそうではない。「国」ということは「官僚」ということになり、処分権限を強くすれば業界に対する官僚の介入と権能を強めることになり、かえって業界団体が官僚の天下り先になりかねない。
 そうした構図は各種「士業」団体に散見される。官僚たちが必ずしも労働者の味方でないことは派遣業法の野放図な規制緩和でも明らかだ。彼らは自分たちの権益を擁護し拡張する者に対して尻尾を振る。官僚たちも時として「ブラック官僚」に成り下がる例は薬害などを通して嫌というほど経験してきた。

 突き詰めれば社会がしっかりしていなければ悪は蔓延る、ということだろう。社会とは何かというと国民個々人のことだ。国民個々人がしっかりして悪に対しては「悪だ」と発言する健全な精神を絶えず涵養していなければならない、ということだ。
 「善」を育て「悪」を懲らしめる社会でなければならない。そのためには専門家任せにするのではなく、国民個々人が絶えず何事に対しても興味や関心を持ち、自己研鑽を怠らないことだ。権力は必ず腐る、絶対権力は絶対に腐敗する、という箴言を忘れてはならない。


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