「沖縄は植民地だ」という類の情緒的な発言は良くない。

<米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の同県名護市辺野古への移設計画をめぐり、同市の稲嶺進市長は30日(日本時間31日)、米ワシントンで市民団体と意見交換会を開いた。移設反対を訴えるため訪米中の翁長雄志知事に同行している稲嶺氏は、移設作業が続く沖縄の現状について「植民地と言っても過言ではない」と市民団体側に説明した>(以上「朝日新聞」引用)

 翁長知事に同行している稲嶺名護市長が米国市民に訴えるべきは「治外法権」というべき米軍の「地位協定」の改定ではないだろうか。沖縄に全国の基地の70%が集中しているのも異常だといえば異常だし、それを日本返還後も放置してきた政府の無能ぶりを批判すべきだ。
 しかし「沖縄が植民地だ」というのは的外れだ。歴史的に定義されている言葉を用いる場合は情緒的であってはならない。日本の本土が沖縄住民の人権を奪い、沖縄から不当に対価を支払わずに産物等を「搾取」しているのなら植民地といって良いだろうが、実際は沖縄開発庁を設置して沖縄に本土から他の自治体と比較して手厚い交付金支出を行っている。

 米軍による基地使用も日本政府が地主に対して賃料を支払っているし、基地で働く労働者に対してマトモな賃金が支払われている。つまり「植民地」的状況証拠は何処にもない。
 ただ米軍基地が沖縄の各地の主要地域に点在し、沖縄の産業立地を妨げているのも確かだ。いつまでも基地経済に依存したイビツな経済形態では沖縄の発展は大きく制限されたままだ。沖縄には沖縄の他県にない地理的自然的優位性があるはずだ。それが観光立地なのか国際都市立地なのかは米軍基地のない自立した「沖縄経済」の行く末を考える人たちの選択によるだろう。

 そうした米軍基地なき沖縄の未来ビジョンを沖縄県民が描けるのかが今後の問題点だ。基地経済に大きく依存したまま、米軍基地に反対するのでは県民に対して説得力がないだろう。
 ただ米軍基地の存在は日本政府の「集団的自衛権」の野放図な拡大策「戦争法案」により世界のテロと、今までより身近に直結すると覚悟しなければならないだろう。戦争に参加しない国と思われている日本を「戦争大好き」米国の乾分に仕立て上げようとする安倍自公政権により、日本国民も世界のテロの標的となるが、米軍基地が集中している沖縄にはその危険性が他の地域よりも高まるのは避けられない。

 沖縄県民が反対すべきは辺野古沖移設と同時に「戦争法案」だ。米軍により緊密化する「戦争法案」は日本の安全を担保するものではなく、反対に日本国民の生命を危険にさらすことに他ならない。
 米国は先の大戦後、70年間に定期的に世界の各地で絶え間なく戦争を行ってきた。南米、アジア、中東と地域を問わず米国の気に入らない相手に大して喧嘩を売ってきた。今後は憲法違反の「戦争法案」により日本もその尻馬に乗って自衛隊を差し出すというのだ。なんという愚かなことを安倍自公政権は目論んでいるのだろうか。そのことを沖縄の稲嶺氏は批判すべきだ。


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