憲法は適宜改正すべきで、金科玉条に祭り上げてはならない。

 今年こそ憲法改正論議を自民党は行う機運にあるという。
��衆参両院の憲法審査会で、有事などの際に国民の権利の一部を制限して総理大臣の権限を強める「緊急事態」や、「環境権」、「財政規律」など、各党が比較的賛同しやすいとみられるテーマの議論を通じて、改正実現に向けた機運を高めたい考えです。そして、参議院で、与党だけで3分の2以上の議席を確保していないことも踏まえ、野党側の協力を幅広く得たいとしています。
ただ、民主党は「未来志向の憲法を構想する」としながらも、憲法改正には党内で温度差があるほか、連立を組む公明党も議論は慎重に行うべきだとしていて、先行きは見通せない状況>(以上『NHKデジタル』引用)だという。

 安倍政権の解釈改憲は普通の憲法学者が普通に判断すれば「違憲」判断になるだろう。憲法の根本理念たる「戦争放棄」という条文がある限り、「集団的自衛権」であれ何であれ、海外で日本の自衛隊が軍事力を行使することは容認されない。それを「自衛権」の拡大『解釈』で認められるというのは詭弁をいかに弄しても憲法と真逆のことを正当化できないのは明白だ。
 そうした国語解釈上も問題のある「違憲」を政府が犯すという立憲国家としてあるまじき行為を国民は了承してはならない。そして「違憲」立法に対して、最高裁判所が「違憲立法審査権」を一向に発動しないというのも解せない。

 自民党は「集団的自衛権」発動による国民の権利を制限する条文を憲法に盛り込みたいようだが、それのみならず特定秘密保護法により国民の『知る権利』を奪ったことの憲法との整合性も図るべきだ。そしてマイナンバー制の導入を機に、国民の個人情報保護と国家として国民情報の一元管理との整合性も憲法上でしっかりとした理念とともに図っておくべきだ。
 そうした議論なくして憲法改正しても不十分なものに終わる。さらに、司法権の権限が他の二権の府に対してもっと能動的に自由に発動できるようにしておく必要もある。たとえば公務員の報酬に対して人事院は『民間に準じて』定めるように規定されているが、生涯給付額を比較するまでもなく、公務員が突出しているのは明白だ。そうした立法・行政府の暴走に対して最高裁は憲法の番人として「憲法条文」に違う立法や行政執行に対して適宜憲法に基づく「勧告」や「是正措置」を講ずるようにすべきだ。そのためには最高裁に民間各階層の無作為人選による「委員会」あるいは「公聴会」の設置が必要であろう。

 特に国会・立法府と政府・行政府の暴走は目に余る。四十年前の公務員給与は民間企業よりも低く、そのために地方公務員特別職(教職員)などでは勤続12で「恩給」を支給することにしていた。しかし現在の民間企業と比較して1.5倍から2倍近くも高額年俸を受給し、その上退職後に平均支給月額31万円の共済年金までも受取る姿勢が「国民の公僕」たる憲法条文とどのように整合するのであろうか。国会議員も政党助成金を支給されながら企業・団体献金を受取るのも容認されるとは言語道断だ。
 いかに「献金」と言い繕おうと、企業・団体献金は賄賂に他ならない。当選が有力な国会議員立候補経験者や当選が有力視される都道府県・市町村立候補経験者なら、選挙に関して「献金」が企業・団体から寄せられるのはご存知のはずだ。だからかどうか知らないが、時として有権者の大方の意思とは関係なく沖縄の前任知事のように突如として摩訶不思議な「政治判断」がなされたりする。そうした疑惑を招かないためにも企業・団体献金は全面禁止とすべきだ。

 米国の深刻な1%対99%の戦いの根源は一年もの時間と数千億円もの経費を掛けた、お祭り騒ぎの大統領選挙にある。オバマ大統領がいかに小額な個人献金を集めたといえども、数千億円もの大金が集まるはずがない。彼も1%から潤沢な献金を受けたからこそハードな選挙戦を勝ち抜くことが出来た。その反対給付として中国を有望な投機先とみなす「融和」政策に転じ、それが日本近海を危険な中国覇権争いの場に落とし込んだのだ。
 しかし米国民は1%の富豪による米国支配を拒否しないばかりか、お祭り騒ぎの大統領選にマスメディアも総力を挙げて熱狂し国民を巻き込んで冷静な判断を麻痺させる。日本もそれに近くなり、マスメディアが選挙戦に大きくかかわるプロパガンダ選挙を展開し「今回はアベノミクスを問う選挙だ」と意味不明な文言を氾濫させて、国民が判断すべき政権の実態を隠してしまった。そうしたことを可能ならしむるのも政党の潤沢な選挙資金にあるといっても良いだろう。

 自由選挙と標榜しつつ、実態は資金力のある人たちによる資金力のある人たちのための選挙に変貌している。そのことに関しても司法の府たる最高裁も沈黙したままだ。選挙立候補者の機会均等を憲法の下に完全実施させる方途を考えなければ1%によるこの国の支配は今後も続くことになる。
 国民が賢くなれば良い、という反論も聞こえてくるが、国民を思考停止の愚かな状態にするのも1%の人たちによる情報操作だということを知らなければならない。この国のマスメディアは僅か数社の全国紙によって牛耳られている。これほどマスメディア情報が統制されている資本主義国家も珍しい。新聞社とテレビ局の支配体制を禁止する「世界の常識」国家に日本もすべきだ。

 憲法論議で国民が本当に議論すべきは「集団的自衛権」だけではない。かくも国家の根幹に関わる「国民の知る権利」と「政治・公務員」の憲法による監視体制のありようも国民は真剣に議論すべきだ。
 この国の仕組みを誰かに任せていたらなんとかしてくれるだろう、それほど悪くはしないはずだ、というのは幻想に過ぎない。テレビに政府の諮問委員たる新自由主義者がノコノコ出て来て「正規社員は必要ない」などと飛んでもない我田引水発言をして恥じなくなった現代は、国民個々人の権利を十分に擁護できる仕組みに憲法も作り変えなければならない。


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