政治資金規正法、この監査なき報告のみの制度を改正せよ。

 政治資金規正法に基づく収支報告書の収支未記載や記載過誤などが次々と明らかになっている。<望月義夫環境相は28日未明に環境省で記者会見し、平成20年と21年に開いた賀詞交歓会をめぐる支出に関し、実際は実行委員会を立ち上げて開催したのに、誤って自身の後援会の政治資金収支報告書に支出を記載したと明らかにした>(以上『産経新聞』引用)

 望月環境相の記載過誤は720万円余りだが、捜査当局は訂正で済ませるのだろうか。小沢一郎氏の場合は記載に過誤はなかったが、記載した時期が「ズレ」というもので「犯罪性」を問われたのだが、実務に詳しい者からみれば極めて真っ当な取引を記載したものに過ぎない。そこに何ら犯罪性も読み取れないが、東京地検は極めて国策装置に近いというよりも国策捜査そのものの視点で小沢氏を失脚させた。
 今度の安倍政権で小渕優子氏以来ボロボロと大臣などの収支報告書の過誤記載が明らかになっている。いや、そもそも安倍氏や麻生氏の政治資金収支報告書に記載されている高額な飲食も問題ではないかと一部マスメディアで指摘されている。もちろん「政治資金」で個人的な趣味の飲み食いを支出するのは適当でない。だが、特定の飲食店で「政治を語り合っていた」というので逃げられるとしたら、現代は時代劇の中の「お代官様」当時となんら変わらないことになる。冗談ではなく、国民の税で政治家が勝って放題に飲み食いするのはやめて頂きたい。

 このように「政治資金」とは実にいい加減なものだ。その規制法と収支報告書に基づき時々に応じて思い出したように論って事件化するのはいかがなものだろうか。それなら政治資金という名の支出全てを禁じて、政治家が行う「政治活動」とは飲食や生活じみた支出を伴わない、講演会やバンフ配布のみと限定列挙すべきだろう。
 そうして政治家が政治以外の場面で罪に問われ国民が「ああ、政治家とはうさん臭いモノなのさ」という概念で語らないようにすべきだ。そうしないと政治家への信頼が築けないし、信頼なき代議制はあり得ない。民主主義の根底が覆ることになる。

 現行の曖昧な「政治資金」を続けるのなら、収支報告書を提出時点で厳格な監査を受けるように仕組みを改めるべきだ。数万人に及ぶ地方議員まで適用するのは困難だとしても、少なくとも国政の根幹にかかわる国会議員は政治資金収支報告書の不備や未記載で捜査当局の恣意的な国策捜査の餌食にならないように監査というフィルターを通しておくべきだ。万が一にも収支報告書に疑わしい記載が発見された時は政治家の責任ではなく、監査法人の「見逃し」が罪に問われるようにしておくべきだ。
 政治が揚げ足取りのような枝葉末節で停滞しては国民が蒙る損失は計り知れない。そして捜査当局に捜査の任意性を与える仕組みをいつまでも残しておくのは国民にとって別の意味で危険だ。検察官僚に政治家が容易に組み敷かれる現行制度は政治家のためにも国民のためにもならない。


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