沖縄の仲井真知事が野田首相に「県外移設」を望んだという。

 かつて自・公政権下で仲井真知事は普天間基地の辺野古沖移設で了解していたのではなかっただろうか。それを鳩山氏が「最低でも県外」と発言して政権交代したことから、沖縄県民の間に「普天間基地移設先は最低でも県外」との共通認識が生まれたという。


 


 しかし、そんなことは嘘っぱちだろう。最初から沖縄県民の間には「これほど多くの米軍基地をなぜ沖縄県が引き受けなければならないのか」という本質的な疑問はあったはずだ。だが基地経済に群がる「利権集団」と「基地賃借料」で不労所得を得ている多数の地主が引き続き賃借収入を期待していることなどに、政府が特別枠の補助金を年間100億円も支出し続けたことから沈黙せざるを得なかっただけではなかっただろうか。


 


 札束で頬を張る、という嫌な言い方がある。相手の人間性を無視した、カネですべてが解決できるとするカネ万能主義の言葉だ。沖縄県民もその程度の県民だと自・公政権は見做していたわけだ。仲井真知事は県民の誇りをどのように思って「辺野古沖移設」に同意していたのであろうか。そして鳩山首相の「最低でも県外移設」発言をどのような気持ちで聞いたのだろうか。


 


 たとえ少数意見であろうと、政治家は断固として一つの政策を主張し推進しなければならない時がある。それにより築いてきた地位を失おうとも、長年の友を失おうとも優先させなければならない理念がなければ、政治家は単なるご都合主義で人気迎合主義の薄っぺらなタレントに過ぎないだろう。


 


 すべての言論人が反する意見に傾いても、信念があるなら断固として推進しなければならない。そうした意味において『学べば学ぶほど、』の迷言とともに節を屈した鳩山氏のひ弱さを惜しむ。


 日米合意は理念なき外圧に屈した結果に過ぎない。日本政府は日本国民の意思を体現して外交を行わなければならない。米軍基地があって日本が国家とし存在しているわけではなく、日本国家と日本国民を守るための条約に従って米軍が日本政府の提供する基地に駐留しているに過ぎない。ゆめゆめ論理の主客転倒を許してはならない。


 


 しかし外国の軍隊に国家の防衛を委ねる、という本質的な個所で基本を誤れば、国家としていつまで経ってもマトモな姿にはならない。日本国民は『国家は国民が守るものだ』という世界では極めて当たり前な、異論のない合意が日本では異論として議論の対象から外されている現実をまず改めなければならないだろう。


 まず日本は日本国民が守るのが原則だ、という認識を日本国民の共通認識にすべく議論を興そう。そうしなければいつまで経っても日本は米国のご機嫌を窺う姑息な外交から脱却できないだろう。



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