少子化対策に本気で取り組め。
景気を良くしたいのなら少子化に本気で取り組まなければならないだろう。毎年毎年対前年減の新生児数で国に活力が出るはずがない。まず人口減をどうにかしなければ、国内消費が拡大することはないだろう。
バカな評論家がこの国の人口減もそれなりに良い社会になる、などと能天気な発言をしているのを見るとこの国を滅ぼそうとしているのかと疑ってしまう。第一、ここまで積み上げた社会インフラをどうやって維持するつもりだろうか。少人数の住処にしては日本は高コスト社会になって仕舞っている。全国に張り巡らした鉄道や道路を維持するだけでも、最低何人の国民が必要かを評論家たちは考えたことがあるのだろうか。
良い例が電気自動車の普及に血道を上げる「省エネ」環境派を自称している評論家たちだ。すべての自動車が電気自動車に置き換わったとすると、どれほど発電所を建設しなければならなくなるか試算したことがあるのだろうか。そして揮発油税がなくなった時点で、この国の道路整備財源は何処から持って来るつもりだろうか。それともすべての道路有料化して、通行車両から徴収するしかないのだろうか。
この国から製造業がなくなったと嘆く人たちがいるが、今後ともなくなるとは思えない。確かに中国の人件費が安いことから多くの企業が中国へ工場を移転したが、その旨味は中国の人件費高騰により急速になくなっている。それではヴェトナムやタイへ進出した工場はどうかというと、人件費がいつまでも安いままだとは到底思えない。つまり「限界利益逓減の法則」という経済原論にある原理通りに賃金も国際化により一定化する傾向はさらに顕著になるだろう。そうすると独創性と高い技術しか生き残れないのはいうまでもない。
日本が生き残る方途は国際分業ではなく、日本的な物への特化だということだ。日本的な技術と独創性を守った企業が今後とも生き残るということは想像に難くない。今年の日本経済が脱兎の勢いで成長できなかったとしても、そもそも今年はウサギ年だから脱兎ではないだろう。野兎は鷹や鷲の餌食となって捕食される運命にあるのだろうか。来年は龍年だが日本経済は昇竜の勢いになるのか、それとも失速して天から墜落するのか。
少なくとも未来を見据えて少子化対策をしっかりやらなければ大きな禍根を残すことになる。しかも少子化対策は一年が終わって今年の新生児出生数が確定し結論が出ると、訂正ややり直しは未来永劫出来ない恐ろしいものだ。その新生児がこの国の未来の大人たちになる。
今を生きる大人たちはこの国の未来に対して責任を果たしているだろうか。日本国家が健全で暮らしやすい国であり続けるように、今の大人たちは努力しているだろうか。バカバカしい政争や官僚たちの利権囲い込みだけで一年が終わろうとしているが、そうしたことを今後とも続けるのだろうか。