マスコミにより中・韓の反日の具にされた靖国神社。
私事で恐縮だが、終生地方に暮らしていた父は終戦の夏ではなく、毎年正月三が日に上京し靖国神社に参詣していた。大正九年生まれだった父は中支で従軍し多くの戦友を戦争で失っていた。「戦友に会いに行く」というのが父の口癖だった。
各国を訪れた外国元首はその国の「無名戦士の墓」あるいは「建国の英雄」の祀られている御陵に参詣するのを習わしとしている。
英国の首相も米国を訪問するとアーリントン墓地を訪れる。そこには無名戦士も祀られているが、米国建国の父ジョージ・ワシントンも祀られている。英国にとって「英国植民地反乱の首謀者」だが、そのことを論って参詣を拒否することはない。
各国には各国それぞれの歴史があり、近隣諸国との特別な関係がある。そのことをいつまでも論っていては未来へ向かって適切な関係は構築できない。しかも「靖国」にA級戦犯が祀られていることを楯に中・韓が日本の首相や閣僚が参ることを非難するとはどんな料簡からだろうか。
そもそも東条英機氏たちが祀られた当初は問題ではなかった。昭和天皇もご参拝されていた。それを朝日新聞が中・韓にリークして騒ぎを起こし、戦犯が祀られている神社を参詣するとは何事かとあからさまに「内政干渉」をしてきた。
国内においても「玉串料」訴訟などが提訴され、政教分離を厳しく問う意見が持ち出された。しかし公人たる首相と私人たる首相とどうやって区別をつけるのだろうか。そこまで厳密に言うのなら公平の原則から「創価学会」と「公明党」のかかわりも厳密に追及すべきではないだろうか。政治家が初詣に出かけて「お賽銭」をだせば「宗教活動」なのだろうか。
政治家が身内の葬儀を出して寺社に「お布施」を支払えば「寄付行為の禁止事項」に該当して失職するのだろうか。何ともバカバカしい重箱の隅を突っつく暇があれば国の礎となって命を捧げた先人に思いを馳せる方が先だろう。
しかもA級戦犯は存在しない。独立直後の国会で全会一致による議決を以て戦犯は名誉回復している。一方で戦後民主主義の恩恵に浴して政治家の箸の上げ下ろしまで四の五の文句をつけて、国会による議決は足蹴りにするというダブルスタンダードを平然と行う連中が大きな顔をしているだけだ。誰であろうと命を国に捧げた事実に変わりなく、素直に参拝しようとする気持ちを誰もとやかく評論してはならない。この国は思想信条の自由を憲法で定めている。右のポケットが公人で左のポケットが私人だなんて詰まらないことを論うより、もっと自由な空気を吸った方が遥かに国の未来にとって良いだろう。マスコミが引き起こした罪悪の責任はマスコミが終息させることだ。