脱・中央官僚がキーワードだ。
中田氏のまとまりのない論評を拝読させていただいたが、彼が具体的に何を言っているのか理解できない。ただ「地方政党」という流行に乗るのは政治家として良くない」という、現在の「流行」により自分たちのミニ政党が忘れられるのではないかとの恐怖心から出た嫉妬が読み取れるだけだ。
現在の地方政党の動きが勢いを得ている原動力は遅々として進まない地方分権に業を煮やした有権者の怒りだろう。国も地方も膨大な財政赤字を抱えているにも拘らず、官僚は行政の高コスト体質を改めようともしないで既得権益を守るために増税と負担増を国民に求めている。自分たちの手にしている利権(それを賄っているのも国民の税や負担だ)を放棄しようとか、あるいは直接的に公務員改革をしようとかいった声は選挙のつど候補者から聞くだけで、選挙が終われば官僚たちによって潰されてきた。
財源と権限の地方への移行は地方官僚に歓迎されるものの、中央官僚は頑として反対を貫いている。しかも地方分権は国会による法改正を経ないと実施できない。地方は「地方分権」を唱える国会議員をいくら選出して中央の国会へ送り込んでも、たちまち中央官僚に国会議員が取り込まれて政治家によるこの国の仕組みを変える動きをすすめることができなかった。民主党に政権交代しても自民党時代と同じく「掛け声」だけで尻すぼみに終わってしまい、遅々として法改正へ進まないままだ。
そうした国と地方との力関係に言及しなければ地方の改革は進まないままだ。都道府県の現状を詳細に見てみれば如実に分かることだ。知事の何人が旧自治省出身者か、各都道府県の部長級の何割が中央官庁からの出向者か、ネットで検索してみると良い。地方は中央官僚の植民地と化しているのが現状だ。それでは地方への権限と財源の移行が進まないのは当たり前だ。だから中央の既成政党に期待するのではなく、地域に根差した地域政党を立ち上げて、地域政党から国会議員を出して国会へ送ろうとしているのだ。それが何で一時的な流行だというのだろうか。
理念なき国会議員は去らなければならない。官僚に丸投げする政治家も国民は必要としない。マニフェストを「驚いた」とか無責任な発言をして反故にする愚かな政治家も必要ない。政権を握った政治家に求められるのは国民との約束を愚直に果たすことだ。自民党が直接支給や高校無料化に反対しているのも官僚下請け政党ならではだ。
官僚の利権を殺ぐことに政治家は全力を挙げることだ。一つの制度事業にどれほどの公務員が貼りつきどれほどの外郭団体が貼り付き、どれほどの天下り官僚OBが貼り付いているか。歳出予算の数字をあげて官僚は「これほどの予算を使って国民のために働いている」と説明するが、中味の実態は壮大なピンハネに他ならない。
高コスト行政の体質を改めない限り、国民は増税に賛成しないし、各種保険事業の高負担化への改悪にも賛成しないだろう。大手マスコミは国会で「増税已む無し」と陳述して官僚にゴマをすっているが、それは大手マスコミの独善的な利権擁護のための便法に他ならず、国民の声ではない。
中田氏は自身の立ち位置をしっかりと有権者に伝える必要がある。さもなくば安易に人を批判しないことだ。