現在の官僚制内閣を是認したままなのかどうか。

 これまでの財政赤字を積み上げてきた責任を政治家だけに押し付けることはできない。なによりも政府に入る政治家が短期間に代わるこの国で、実質的に財政運営をしてきたのは官僚だ。


 


 官僚は無駄を省くよりもジャブジャブに使い切って足りなくなれば政治家を突っついて赤字国債を発行させ、さらに赤字国債が積み上がってくれば増税議論をするのが「責任ある政治家だ」と大マスコミを使って国民を誘導する。何とも気楽な商売だ、官僚とは。


 


 官僚から効率的な行政組織への改編案だとか、IT化による職員数の大幅削減策だとか、そうしたものが出たためしがない。それよりも各省庁の外郭団体一律廃止を打ち上げても、いつの間にか有耶無耶になり今もって万を超える各種団体が存続している。官僚は自己増殖を最大目的として予算は自分の財布のように使い切ってきた。費用対効果なぞ全く彼らの眼中にはない。


 


 政治家が歳出構造を変えようとすると、大マスコミ各社はこの記事のように財務省を代弁して「増税論議が必要」と大合唱する。「いや増税する余地はない。この歳入で国家運営をしなければならないのだ」と主張するマスコミが登場し、それが国民世論になれば官僚は初めて本気で歳出削減努力を始め、官僚組織の「カイゼン」を提言するだろう。


 


 安易な増税論議は現状の官僚制内閣を是認することに他ならない。ひょっとすると、この国は一度財政破綻して塗炭の苦しみを味わった方が良いのではないかと思うほどだ。この場合の「塗炭の苦しみ」はまず公務員に降りかかり、ギリシアがそうであるように公務員給与が大幅に切り下げられるだろう。同時に公務員の1/3程度がリストラされるし、行政サービスの多くが停止となり国民による自助努力が求められるだろう。


 


 ある地方自治体では道路整備を行うのに原材料だけを住民に提供し、実際の道路舗装工事は住民が行っている。そうすると1/10程度で済むという。そこまで考えなければならない状況なのだと、公務員は認識しなければ少々の増税で900兆円の国債の山を償還できるものではない。


 


 現在の官僚組織と行政組織の仕組みのまま増税しても財政状態の改善にはならない、というのが過去の増税によって示されている。底の抜けたバケツにいくら水を入れてもダメなのだ。まず官僚の意識改革を徹底してやらなければ何事も始まらない。


 


 たとえば介護を担当している行政に国から都道府県を経て市町村と何人関わっていて、彼らの平均給与が幾らなのか。それに対して実際に介護士として働いている人たちが全国に何人いて彼らの返金給与が幾らなのか。現場で働いている介護士こそが「介護事業」であって、それに関わる公務員は介護事業が円滑に実施できるように働く補助員に過ぎない。その補助的な作業に介護費と称する国と地方自治体の予算の何割が消費されているのか。実数を示して政治家は国民に説明する義務がある。


 そしてそこに存在する「介護費が高騰しているから介護保険を上げざるを得ない」とする議論の欺瞞性を指摘するのが国会の責任だ。そうした数字を挙げて批判したいが、実際にそうした数字を一国民が国や地方自治体の予算書から綿密に拾い上げることは困難だ。


 


 ただ言えることは、この国のマスコミもテレビも現状の官僚組織しか経験していない。よってどの程度の無駄があるか検討のしようがないのば現状だ。だから現状の財政赤字と現状の官僚組織を是認した上での議論に陥り、結局「官僚組織を改編して予算を全面的に組み替える」という小沢氏の概念が理解できない。よって小沢氏の議論は現実的でない、と切って捨てて、自分たちの議論こそが現実追認の官僚制内閣を是認した上での議論だと気付いていない。


 


 安易な増税議論はすべきではない。増税議論を始めた段階で、官僚たちは秘かにカッツポーズをしていると思わなければならない。



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