学校教育で教える水泳とは。
泳げることもさることながら、いかにして助かるか、いかにして助けるかも教えるべきだ。小学生を中学生が助けに川などへ入れば、まず助からない。抱きつかれた一緒に沈むしかないし、小学生を助ける段ではなくなる。直接水へ入るのではなく、何か浮くものを利用して助ける方法を教えておくべきだ。
同じように、大学のワンゲル部が北海道で沢登りをしていて夜に沢でテントを張っていたところ雨が降って流され三人が行方不明だという。無事なことを祈るしかないが、ワンゲル部で歴代の先輩は後輩に何を教えていたのだろうか。必ず天気予報は毎日チェックし、もしも雨模様なら沢にテントを張らないのは常識だ。少しの雨でも上流では土砂降りかも知れないし、沢が鉄砲水のように瞬時に増水するのは山では良くあることだ。
登山や沢歩きはそうした自然の怖さを十分に熟知した上で、万全の備えをしなければならない。自然と付き合うには自然のことを知ることだ。特に登山や沢登は命懸けだと肝に銘じて万全の装備と余裕ある日程を組み、ラジオと予備電池は欠かさず、絶えず天気予報はチェックすることだ。そして引き返す勇気を常に持つことだ。好きな場所を鎮魂の場にしないために、必ず元気な姿で帰ることを最大の目標にして出掛けることだ。
さて最初の水泳だが、この頃では着衣水泳を実施している学校もあるようだ。誤って子供たちが水に落ちる時、子供たちは服を着ている。その状態でどうすべきか、いつも裸でしか泳いでいないと咄嗟のときに対処方法が分からないばかりにパニックに陥ることがある。「泳げる子なのに」水死したのはなぜか、というのも服を着て水に落ちたためにパニックになってしまうためだ。着衣泳法を学校で実践しておくことを各教育委員会にお勧めする。
そして、溺れている子を助ける具体的な方法も是非とも学校で教えておいてもらいたい。直接自分が飛び込んで助けに行くのがいかに危険か、父親が溺れている自分の子を助けに行って自ら命を落とす事故がいかに多いか。浮き輪がなくてもペットボトルなどで簡単に代用できる実践方法を学校現場で教えておいてもらいたい。さもなくば、今回のような「助けよう」と思う崇高な意思が自らの命を落とす悲惨な結果を招いてしまう事故が繰り返されるだろう。
学校の水泳教室は泳ぐことを教えることもさることながら、水の事故から身を守る術を身につける教育の場でもあるべきだ。