検察審査会の存在意義は。

 そもそも検察審査会の存在意義は検察が仲間意識などから起訴しなかった事案について、法的根拠を示したうえで検察に起訴を迫る目的で設けられたものだ。小沢氏が検察にとってどのような存在か知らないが、少なくとも仲間でないことだけは確かだ。


 


 昔の言葉で「鋳掛屋が軍艦を造る」というものがある。つまり鍋底に開いた穴を潰す鍋の修理屋が軍艦建造の元請になる、ということだ。確かな技術と実績に裏打ちされた造船所が軍艦の元請にならなければならないが、村の鍛冶屋程度の業者が元請となり造船所へ丸投げする本末転倒の比喩として用いられた言葉だ。


 


 「市民感情」という法曹界では鋳掛屋が「小沢氏を起訴すべき」と一流中の一流東京地検特捜部が「不起訴」とした判断を覆した。それでマスコミは大喝采を上げているが、法と証拠に基づいて起訴すべきものを「市民感情」で起訴すべきとしたことを持ち上げるのがいかに危険か、冷静に考えたことがあるのだろうか。


 法の場に素人の市民を11人集めて、元検事の弁護士が助言者として会議に加わって結論を出した。そこに恣意が働かなかったと誰が断定できるだろうか。しかも11人全員一致の判断だ。


 


 11人の市民というが名簿は公開されていないし、検察審査会の規定で委員はかかわった事件のことを秘匿する義務があり、審査経過や判断基準とした事項などを公に出来ないことになっている。


 つまり市民感情といいつつも、それが本当に市民だったのか、検察審査会委員11人以外の市民は知ることは永遠にないのだ。始まったばかりの裁判員制度よりも、はるかに不透明な非公開の世界なのだ。


 


 東京地検特捜部は小沢氏に任意の聴取を申し入れたという。以前行った二度にわたる事情聴取が不完全だったと、自ら認めたことになる。数十人もの専門家の捜査員を投入して一年以上も行った捜査が、11人の素人が数ヶ月審査したことにより揺らいだことになる。


 


 今後すべての事件は最初から11人の検察審査会のご意見を拝聴してから捜査を行うが良い。鋳掛屋が軍艦を建造する時代になったのだ。マスコミがのべつ為にする記事や情報をテレビなどでタレ流せば人を容易に罪に陥れることができる実証が、今国民の目の前で展開されている。日本は恐ろしい国になったものだ。


 


 



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