時代小説…「冬の風鈴」その1

 


 夜明け前から万年町の自身番は忙しかった。


 昨夜、亭主の安蔵が家へ帰らなかったと、徳蔵店から女房のお重が赤い目をして駆け込んだ。家を空けたのは安蔵だけではなかった。同じ長屋の一番奥、惣高架のすぐ手前の家に暮らす畳職作次も帰らなかった、と年老いた母親が届け出た。


 酒の上での取組み合いの喧嘩はしょっちゅうだが、同じ裏長屋の住人が二人も帰らなかったとなると、ちょっとした騒動だ。町役もただ事ではないと自身番に詰めて、町内の若い者を集めて行きそうなところから当たらせた。


 当然のようにお多福へも、番太郎に若い者が一人ついて聞き込みに走った。寝入り端を叩き起こされたお島は不機嫌そうに、


「五つ半にはみんなして帰っちまったけど、その後のことは知らないねぇ」


 と、口元を歪めて言い、「ああ、そういえば」と言葉を継いだ。


「この界隈の風鈴騒ぎを猪吉が持ち出して、酒の肴にやいのやいのと騒いでたけど、まさかあれから今川町の仙台堀河岸へ行ったんじゃないだろうね」


 まさかねえ、と言いたげにお島は唇を噛んだ。


 夜が明けて騒動は大騒ぎになった。


 畳職作次の死体が浮かんだ。場所は仙台堀が大川に注ぐ辺りの土手下だった。これといった外傷は見当たらず、かといって土左衛門のように死に顔が浮腫んでもいなかった。深川を縄張りとする十手持ちの嘉平が出張って来たが、首を捻った挙げ句に、


「氷が張ろうかって冷たい堀割に酔って落ちて、心の臓が止まったんだろうよ」


 と、声高に事件性を否定した。


 川風の吹き抜ける土手下は雪駄を履いていても裸足のように冷たく、足は感覚を喪って体が凍り付きそうだった。これまで殺されたのは夜鷹が三人、いずれも陰部が喰い千切られたように盗られていたが、町方は本腰を入れて探索していなかった。公娼は吉原だけと定められ、それ以外の岡場所は御法度に背いた商売だ。揉め事が起こっても、「おそれながら」と訴えることは出来ない。ましてや、夜鷹は最下層の私娼だ。岡っ引が血眼になって下手人を探索する必要はなかった。もしかすると、所場代を払わない夜鷹に対する地廻りの見せしめかもしれない。岡っ引も地廻りも似たようなものだ。余計ないざこざに首を突っ込まないのが、岡っ引稼業で長く暮らせる秘訣だと嘉平は思っていた。


 しかし、今度は別だ。かりにもまっとうな町人が死体となって転がっている。いい加減な通り一遍の対応では世間が納得しない。だが、かといってこの寒空の下、聞き込みに走り廻るのもゾッとしない。それなら事件にさえしなければ良いのだ。ことは酔っ払いの事故死ということで済ませれば、暖かい炬燵を抱えて熱燗を傾けて過ごせる。


 嘉平がそう思うのも無理はなかった。木枯らしが空で唸りを上げ、白みかけた空から横殴りに白いものが頬を打ってきた。


 作次が酔っていたのは間違いないが、所詮はお多福で呑んだ酒だ。縄暖簾を潜って表に出た途端、ぶるるっと震えがきて酔いが醒める代物だ。そうしたことは嘉平だって百も承知だ。しかし、事件だとしたら調べなくてはならなくなる。それが厭なのだ。


「だけど親分、作次は大川で産湯を使った根っからの河童だぜ。畳職だからって畳上の水練だと冷やかしても、作次にゃ通用しやせん。なにしろ泳ぎは巧かったんだから」


 河岸の人垣の中からヤジが飛び、嘉平は土手下から声のした方角を振り仰いだ。


 何処のどいつが余計なことを言いやがる、と険しい眼差しで睨み付けたが、野次馬たちは素知らぬ顔をした。


 大勢の面前でそこまで嘲笑されては引き下がるわけにはいかない。自棄糞とばかりに嘉平は懐の棒十手を引き抜き、所在なく枯れた葦の茂みを掻き分けた。しかし、おいそれと手掛かりが転がっているものではない。むっとした顔付きで野次馬の手前なんとか格好をつけて、適当に引き上げるきっかけを捜していると、


「大変だ、親分。佐賀町の船付き場に死骸が上りやした」


 と、土手上から上擦った声が嘉平を呼んだ。


「なんだと吉、佐賀町の船付き場だと」


 そう言うが早いか、嘉平は這うようにして土手をのぼった。


 河岸に上がると、息を切らして天を仰いだ。胸突き八丁の五十の坂を目の前にして、力強さを失った足腰を呪ったが、それは歳のせいばかりではなかった。ちょくちょくせしめる袖の下で、ちょいとばかり暮らし向きが良くなり、嘉平の下腹がせり出してきたからだ。


 仙台堀河口から永代橋にかけて、大川河岸には米蔵がずらりと並び建っている。まだ明けやらぬこの時刻、対岸の箱崎から眺めると黒瓦と海鼠壁の米蔵が白みかけた空を背景に、一幅の墨絵のようなたたずまいを見せた。その家並みの足下、大川端に船の荷降ろし用に船付き場があった。新米の搬入期や切り米の支給時期にはひっきりなしに荷船が着き大勢の人足が働く御影石の石段も、時期はずれの冬の早朝は一画だけを除いて、死んだように静かなたたずまいを見せていた。


 人の足に馴染んだ石段を、横伝いに現場へと近づいた。


「身元は割れてるのか」


 嘉平は出迎えた自身番詰めの鳶職の親方に声を掛けた。


「へえ、叩き大工の安蔵で」


 そう言って腰を折り、親方は人の輪の中に嘉平を導いた。


 濡れた幅の狭い石段に荒筵を掛けられて安蔵は寝かされていた。蝋細工のような白い顔をして、げじげじ眉だけが異様なほどくっきりと黒く浮いていた。


「何処に引っ掛かっていたんだ」


 膝を折って安蔵に屈み込むと、嘉平は誰へともなく聞きただした。


 すると「へえ」と声がして、印半纏を着た若い鳶職の男が腰を折った。


「あの石柱と石段の間に挟まる格好で……」


 男の指差す先を見た。


 米俵を満載した艀を横付けにした際、艫綱を縛り付ける石柱が浪打際から三段ほど上にあった。満ち潮になると江戸湾の海水は両国橋の上辺りまでも溯り、本所深川の堀割に潮が入り込む。上げ潮時に深川中に磯の香が漂うのはそのためだ。しかし、いまは引き潮だ。安蔵は仙台堀の流れに乗って大川へと運ばれ、石柱に引っ掛かったのだろう。


「そうか、」


 と頷いて、嘉平は顎をしゃくった。


 一刻も早く自身番へ運ぶしかない、との判断だ。そこが殺害現場でもない限り、寒風の吹き晒す船付き場にいつまでもいる必要はなかった。


 戸板に乗せて加賀町の自身番へ運ぶと、腰高油障子を開けて転がるように女が飛び出た。櫛巻き髷を乱して、女は安蔵の名を叫んで戸板に取り付いた。女房のお重だった。


 嘉平は立ち止まると顔を歪めて天を仰いだ。


「吉、どうにかしろ」


 吐き捨てるように言って、下っ引の佐吉を睨んだ。


 嘉平は五十の声を聞こうというのに、いまだに独り者でいるのは女嫌いだからだ。


 しかし、それは女そのものが嫌いだというのではない。むしろ、好色ですらある。ただ、女の理不尽な感情の動きに付き合わされるのがうんざりするのだ。それに、金切り声だ。女房を貰うと二六時中そうした嫌なことと鼻突き合わせなくてはならなくなる。所詮女は一つまみの快楽だ、と嘉平は料簡していた。


「お重、御用のために亭主をしばらく改めなくちゃならねえんだ。分かるな」


 佐吉は言い聞かすというより、叱り付けるような強い口調で言って、戸板から引き剥がすと鶏でも追うように両手を広げた。


 死体のことをおろくという。八丁堀にはおろくを改めるおろく医師がいるが、ここは深川佐賀町だ。おろく医のいようはずもなく、そうしたおろく医の真似事を岡っ引が探索の手段の一つとしてやっていた。


 土間に戸板ごと寝かされた安蔵を指差し、嘉平は佐吉に目配せした。


 嘉平は乱暴な川並人足あがりで、八丁堀に目を付けられお縄になるところを取り引きして十手持ちになった。毒を征するに毒を以ってするの喩え通り、岡っ引にはそうした前歴を持つ者が多い。しかし、佐吉は違った。


 佐吉は橘家と屋号を記した軒行灯と黒格子戸の玄関を持つ子供屋の倅に生まれた。そうした粋筋の男たちは働かずにぶらぶらしていても良い身分のはずだ。得てしてそういう境遇に生まれ落ちると水が低きに流れるように、大抵はそうした男に育って鼻持ちならない遊冶郎然と納まるものだ。が、佐吉はそうした家風に反発して、十五の歳に家を出て細工職に弟子入りしてしまった。


 細工職の親方は名を平治といい北川町に細工場があった。橘家などの子供屋に頼まれて洒落た帯締めなどを納めていたが、本来は箪笥や葛篭などの金具を造っていた。佐吉は好きで細工職に弟子入りしただけあって筋も良く、二十歳前には通いとなり一人前の給金を頂戴するほどになっていた。


 佐吉が嘉平の下っ引になったのは三年前、米蔵屋敷から頼まれた金庫の精巧な錠前を腕試しに作ってしまったことからだ。それほどの腕があるなら開かなくなった錠前も開けられるだろう、と佐賀町の米蔵通りの商家から錆びて開かなくなったいろんな錠前を頼まれるようになった。その器用さに目を付けた嘉平が下っ引仕事に引き込んだ。普段は平治の許で細工職として働いているが、何かあると嘉平に引っ張り出された。平治も深川を縄張りとする岡っ引には文句が言えなかった。


 いまや、佐吉も二十の半ばになっている。大抵のおろくを見ても肝を潰すことはなくなった。佐吉は死因を求めて安蔵を上から下へと改めた。何かに驚いたように目を剥いているが、他には傷ひとつすら見当たらない。首筋にも締められた跡はなかった。安蔵の横の土間に膝を突き帯を解いた。そして濡れた着物の前をはだけて「うっ」と目を細めた。


 下帯はなく、下腹部が剥き出しになっていた。まだ二十歳過ぎのようなすべすべとした生白い腹をしているが、陰毛に覆われる辺りの皮膚が捲れて石榴のようになっている。目を凝らすまでもなくそこにあるべき物が根元から、喰い千切られたようになくなってた。


「ここから見たところ棹は盗られてるようだが、ふぐりはどうだ?」


 嘉平は切り落としの座敷に腰掛けたまま、佐吉に聞いた。


 佐吉は安蔵の足下へ廻り冷たい両膝を押し開けた。


「どうやらふぐりも見当たりません。こりゃあ刃物で切り取ったという傷痕じゃない、獣が喰い千切ったといった塩梅ですぜ」


 佐吉は背筋に悪寒が走る戦慄を感じた。


 まともな相手ではない、とまだ見ぬ下手人を思った。体の何処にも致命傷となる傷は見当たらず、それかといって溺死した様子でもない。棹とふぐりを盗られたぐらいで、止血さえすれば人は死なない。何かに驚いている間に、魂を抜かれてしまったように見える。死因としてそれ以外に思い付かなかった。


 往来をばたばたと草履を鳴らして駆けて来る足音が耳に入った。その足音は自身番の前で立ち止まり、間髪をおかずに今川町の番太郎が油障子を引き開けた。


「親分、大変だ、」


 そう叫びながら土間に飛び込んで、目の前の安蔵の骸に気付いて絶句した。


「そういうことか、作次の陰部もそっくり盗られていたってンだな」


 嘉平は顎で安蔵の下腹部を差し、忌々しそうに言って口元を歪めた。


「へえ、気色の悪いことでして」


 と呟いて、番太郎は大きく目を見開いたままかすかに頷いた。


 作次も陰部をごっそり盗られていた。誰が何のためにそうしたのか。まったく気色の悪いことだ。佐吉もそう思い自分のふぐりが縮こまるのを覚えた。


 


 一連の騒ぎは払暁だけには止まらなかった。


 日が高く昇った五つ過ぎ、左官の五平がひょっこりと万年町の裏長屋へ戻ってきた。


 長屋の者から作次と安蔵のことを聞かされても、気の抜けた腑抜けのようになって碌に返答も出来なかった。さっそく自身番へ知らされ、嘉平と佐吉がおっとり刀で駆け付けた。


 万年町の自身番まではそれほど離れているわけではない。自身番の腰高油障子を引き開けると、土間の片隅で縁台に腰掛けていた五平は弾かれたように立ち上がった。佐吉は五平を自身番の土間ではじめて見た。顔が異様に大きい。その大きな顔に眉や目鼻が仲違いしたように離れて配置され、どこか締りがない。その上、厚ぼったい唇もだらしなく半開きになっていた。上背はそれほどではない、せいぜいが五尺と一寸ばかりか。それでも肩幅と尻周りが大きく、大きな顔と奇妙に釣り合いが取れていた。


 嘉平はいつものように切り落としの座敷に腰掛けて、右足の踝を両手で引き上げるように抱えた。佐吉は五平の後ろに立って、ずんぐりとした背中を見詰めた。


「陽の高くなるこの時分まで、何処にいたんだ」


 嘉平は叱り付けるように声を張った。


 実際、叱り付けるだけの心配を大勢の者がしていたのだ。が、五平は「さあ」と頼りなく首を横に振った。何も覚えていない、といった仕草だった。


「何処をどう歩いて長屋へ戻ったかと、聞いてるンだぜ」


 嘉平は堪え性がない。すぐに苛立たしさを顔に表した。


 しかし、五平は戸惑ったように目を白黒させるばかりだ。あながち何かを隠している様子でもない。じれた嘉平が鬼瓦のような顔をして問い詰めても、


「何も覚えちゃいねえんだ」


 と済まなさそうに言って、恐縮して首を傾げるばかりだった。


「それじゃ昨晩、一体全体何があったんだ? 順序立てて話してみろ」


 佐吉が後ろから声を掛けた。


 五平はのろのろと体ごと振り返って、「へい」とわずかに膝を折った。


「猪吉から聞いた話が嘘か真か、この目で確かめようと畳職の作次が言い出して、酔った勢いも手伝って今川町河岸へ行ったと思って下さい。ついて行ったのは安蔵と猪吉、それに手前の四人で。途中でご隠居は『馬鹿なことはお止め』と言って永堀町の太物屋の大戸の切り戸へ消えたが、俺達四人はそのまま河岸を下って今川町へ行ったんでさ」


 と言って嘉平へ向き直り、五平はちろりと舌で唇を湿らせた。


「凍えるような河岸道を下っていると何人かの夜鷹が寄ってきたが『俺達は女を買いに来たんじゃない、冬の風鈴を聞きに来たんだ』っていうと、気味悪そうに俺達を見たんだ。何人か仲間を取り殺されたけど、地廻りが所場代を巻き上げに来なくなったを幸いに、怖いけどこの河岸に立ってるんだって。命がなくなりゃ銭はいらないが、銭がなけりゃ命だって長らえられないって、妙な理屈を言ってたっけ」


 呟くようにそう言って、五平は自分の言葉にエヘヘッと笑って見せた。


「四半刻も凍えるような河岸で女たちと一緒になって蹲っていたら、堀割の川霧の闇からかすかにチーンチーンと聞こえてきたんだ。おいらはきゅっと肝が縮み上がった。だが、あれはギヤマンの風鈴じゃない。なにか、鉦を鳴らすような音だった」


 五平は双眸をうつろに開けて言葉を続けた。


「誰が叩いているんだろうって、まず作次が立ち上がり安蔵がその後に付いて土手を下りて行ったんだ。おいらは『よせ』と言ったんだぜ。だが、あの二人はおいらの言うことを聞かなかった。猪吉とおいらは目を皿にして、河岸から川霧の立ち込める仙台堀を見てたんだ」


 そう言い終えると、五平は疲れたように肩を落とした。


「それで、どうなった?」


 引き込まれるように嘉平が聞いた。


 五平はかすかに首を横に振り、目をしばたたかせた。


「何が起こったか、それから後は分からないんで」


 五平はいっそう申し分けなさそうに首を縮めて、嘉平を掬うように見た。


「まったく何も覚えちゃいねえってことはないだろう。何かあったんだろう。そう、ちょっとしたことでもいいんだ、覚えちゃいねえかな」


 五平をいたわるように、ふたたび佐吉が後ろから声を掛けた。


 五平は緩慢な動作で額から三分に伸びた月代にかけて、節くれだった手でつるりと撫でて浅く溜め息を吐いた。


「夜霧の中で何か明かりが灯った、と思って下さい」


「なんだ、それは提灯か?」


 佐吉が口を挟んだ。


「いえ、そんなんじゃないんで。提灯よりも明るくて大きな、蛍のお化けのような青白い光でさ」


「それで、どうなったってんだ」


 今度は嘉平が痺れを切らして先を急がせた。


 しかし、五平は黙ったまま首を横に振った。表情は苦渋に満ちていた。


「肝をすっかり吸われちまったようで、何がどうなったのか、おいらはさっぱり思い出せないんでさ。作次と安蔵が死んだと聞かされましたが、猪吉はどうなりましたんで?」


五平は叱られるのを覚悟、との色を双眸に浮かべて嘉平に問い返した。


「野郎、聞かれたことにだけ答えりゃいいんだ」


 案の定、嘉平は濁声を張り上げた。


 今度の一件はまだ手付かずの状態にある。何一つとして手掛かりがない。安蔵が大川端で見付かったからには猪吉も広い大川の何処かに沈んでいてもおかしくない。川浚いをするにしてもこの寒さだ。遺骸が浮くまで五、六日は掛かるだろうが、それを待つしかない。


嘉平の苛立ちはそこにあった。


「では、蛍の親玉ような光に魅入られたようになっちまって、それ以後は何があったのか覚えていない、と言うんだな。作次や安蔵の叫びも何も聞いていないんだな」


 佐吉が助け船を出すように聞くと、五平は「そうでもないんだ」と言いたそうに首を傾げた。その様子に嘉平はキッと立ち上がり、首の付け根まで真っ赤にした。


「はっきりしろい。何も覚えちゃいないのか、それとも何か見たのか、ええい、どっちだ」


 色褪せた油障子が破れるほど嘉平が濁声を張り上げると、「ヒィッ」と言って五平は亀のように首を縮めた。


「さあ、見たまま聞いたままを素直に言うんだ」


 ことさら五平の気を鎮めるように、佐吉は静かな声音で諭すように言った。


「ぱっと川霧が赤く光って、おいらは目を閉じたんだ。すると、恐ろしい悲鳴が短く上がって、夜鷹は『出た』と言って逃げ出した。おいらも逃げようとしたが腰が抜けまちって、横倒しに土手の柳に必死でしがみついたんだ。暫くして目を開けると猪吉の姿がなかった。てっきり猪吉も夜鷹たちと団子になって逃げたものと思っていたが……」


 五平はそう言って額に浮いた汗を拭った。


「それから後は何処でどうしていたやら、トント分からないんでさ」


 言い終えると五平はうっとりとするような、安堵に満ちた眼差しで嘉平を見詰めた。


 嘉平は疲れたように上り框に腰を落とすと顎をしゃくった。それは帰れ、との合図だ。


 のろのろとした動作で五平が自身番を出てゆくと、嘉平が佐吉に「どうだ?」と目顔で訊ねた。いまの話しはどうだ、と聞かれたと思い、佐吉は「へい」と応えた。


 



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